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「ノモ・マニア」の熱狂の中、新人王獲得でスターの仲間入りした野茂英雄/日本人メジャー1年目の軌跡

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今回も野茂英雄のメジャー1年目を紹介していく。前半戦6勝を挙げオールスター・ゲームの先発も務め「ノモ・マニア」と言われる熱狂的ファンも出現するなど、日米でフィーバーを起こした1995年だった。 異例のシーズンで思い出す野茂英雄が繰り返していた言葉

3完封と236奪三振はリーグ最多

 6月2日に初勝利を挙げた後は勝ち星を重ね、前半戦は6勝1敗、防御率1.99。オールスター戦ではナ・リーグの先発投手を務め、ア・リーグのランディ・ジョンソンと投げ合い2回1安打無失点、3奪三振と堂々たる成績を残した。結局1年目は28試合に登板して13勝6敗、防御率2.54。3完封と236奪三振はリーグ最多。後に殿堂入りを果たすチッパー・ジョーンズを制して新人王に選出された。  野茂の大活躍がアメリカ球界や社会に与えた影響は大きかった。ファンは極東に自分たちの知らなかったレベルの高い野球が存在することを知った。「ノモ・マニア」が生まれ、ドジャー・スタジアムには日本人や日系人の観客が増え、牛丼の吉野家まで出店するほどだった。メジャーでは前年からのストライキが続いたためファン離れが進んだが、野茂の登場で人気低下を救った面もあった。  ここからメジャー球団は日本選手に強い関心を抱くようになった。すでにドミニカ共和国やベネズエラなど海外出身の選手がいたが、野茂が違うのはプロ選手として完成された形でやってきたことだ。アメリカと違う野球で育ち、いきなりメジャーで即戦力になった。日本帰りのセシル・フィルダー(1989年・阪神)が90年から2年連続で本塁打と打点の2になり、ビル・ガリクソン(88、89年・巨人)が91年に最多勝に輝くなどして、日本球界のレベルの高さは認識されていたが、日本選手もメジャーのスカウトたちの視野に入るようになったのだ。  野茂は、メジャー通算123勝109敗、防御率4.24。95年新人王、最多奪三振2度、ノーヒットノーラン2度。野茂に刺激を受けた日本の選手たちが続々とメジャーを目指すことになる。野茂以前では考えられなかったメジャー移籍。今では高校生が口にしても、まったく不自然ではなくなった。  今年3月、ロサンゼルス・タイムズ紙はデビュー25周年で野茂の特集記事を掲載。チームメートだったエリック・キャロスは「われわれはメジャーが世界の最高峰だと信じていた。日本で成功した野茂が来たが、果たしてやっていけるのか? あの投げ方は通用するのか? という声があった」と。だが「彼の成功が道を開いた」と言い切っていた。やはり野茂は大きな存在なのだ。(文中敬称略) <「完」> 『週刊ベースボール』2020年9月7日号(8月26日発売)より 文=樋口浩一 写真=BBM

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