<ミャンマー現地報告1>内戦下のカレンニー州、抵抗勢力側独自の州警察に密着(写真6枚、地図)
◆「軍政でなく、市民のための警察官でありたい」
KSPのボボ報道官(32歳)は、クーデター後、勤務していたバゴー管区イェザジョー郡区の警察署を離れ、市民的不服従運動(CDM)に参加した警官だ。 CDMとは、軍のクーデターに反対する公務員が、軍事政権の下で勤務することを拒否する抵抗運動である。 2021年3月4日朝、所轄地域の市場近くで、国軍総司令官ミンアウンフラインへの抗議から、肖像写真が路上に何枚もばら撒かれ、貼り付けられていた。 最高権力者の顔が踏まれないよう、警官たちが現場に行って、写真を剥がし、回収しなければならなかった。 その様子を多くの市民が周りで見守っていた。 「それを見たとき、私は自分に自信を持てなくなりました。軍政側の人間だという目で、私たちを不満そうに見ているのを感じたのです。警察は人びとのために働くはずなのに、今は人びとから恐れられ、不満を持たれている。その日、私の決心は固まったのです」 警察署に戻って、制服を脱ぐと、わずかな荷物だけを持って、署を離れた。 新生警察のKSPを牽引するのは、こうした元警察官たちだ。新メーセ警察署の署長も、元々ミャンマー国家警察の警官だった。KSPは、軍事政権の下で働くことを拒否した元警官たちと新たに養成された若い警官たちで構成され、運営されている。
◆革命のためにすべてを捧げる
新しい警察署は、別の施設を改修したもので、床や壁、天井には黒い煤がこびり付いていた。 炊事場の屋根はなく、黒焦げた柱と壁だけだ。戦争捕虜や犯罪者を収容する留置場もまだ建設途中だった。
署員たちは隣接する宿舎で共同生活を送る。町の水道は機能しておらず、毎日、近くの川に水を汲みに行かなければならない。 それでも士気は高かった。 同年代の若者の多くが、前線で兵士としてもっと厳しい境遇にあるからだ。
午前8時頃、警察署の広間に鍋が運び込まれ、湯気が立ち込めた。この日の朝食は、豆入りの炒飯。大鍋から掬い、ひとりひとりの皿に分けられた。 警官たちは、人民への忠誠と感謝の言葉を唱和し、立ったまま、朝食をかきこんだ。 白髪交じりの最年長ネーリンアウン(52歳)は、ミャンマー国家警察に28年間勤務し、のちにCDMに参加した警官だ。軍政を打倒し民主化を成し遂げることを「革命」と呼んだ。 「今は給料もありません。持っていたものもすべて失いました。それでも、革命の達成しか考えていません。自分が提供できるものはすべて捧げると決めています」 革命に身を投じた思いを語るその顔つきは、信念に満ちていた。 (つづく・全3回)