花開く「自営5G」水中ドローンの映像転送で活躍
「自営5G」(第5世代通信)と水中ドローンを養殖業で利用する試みが始まった。水中ドローンで撮影した高精細映像のリアルタイム転送を行うために、転送速度と指向性をカスタマイズした5G(ローカル5G)を使う点が目新しい。 ■ 海中のデータ収集が容易に 実証実験を行うのは牡蠣の養殖だ。海中に吊るした牡蠣の生育状況、牡蠣の付着物、牡蠣の周辺の浮遊物の様子などを水中ドローンの高精細の映像で撮影する。さらに、水中ドローン搭載のセンサーで、牡蠣の生育に影響が大きい海水の温度や塩分濃度、海水に溶けた酸素量などを測定し、海中の状態を多面的に可視化する。 水中ドローン(市販製品を利用)は、養殖場に浮かべた船上の機器とケーブルで接続されている(図1)。5Gネットワークは、ドローンのデータを船上から陸上へ送信するほか、陸上から水中ドローンを操縦するのにも利用する。 これまで牡蠣の養殖場では、ダイバーが潜水して海中の様子を確認していたが、5Gと水中ドローンを活用すれば、この作業が不要になる。 また、海中の環境は限られたエリアでサンプリングしたデータから推定するしかなかった。養殖場全体の環境データを水中ドローンが収集すれば、牡蠣の大量死につながりかねない海中環境の変化を的確に捉えられるようになる。 この取り組みは総務省の委託事業で、経営コンサルティングのレイヤーズ・コンサルティング、東京大学、NECネッツエスアイ、NTTドコモが2021年1月25日に開始した。国内有数の牡蠣の産地として知られる広島県江田島市の養殖場で2月半ばまで実施する。
■ 指向性を持たせ、アップロード速度優先にカスタマイズ 「自営」の5Gは一般に「ローカル5G」と呼ばれている。ローカル5Gは、通信大手が展開中の5Gサービスとは別に、企業や自治体が5Gのネットワークを整備して自営するもの。通信大手のサービスエリア外でも5Gを利用できるほか、用途に応じてエリアや速度など通信環境を柔軟にカスタマイズできる利点もある。 総務省が2019年12月に一部の周波数帯でローカル5Gを認可した。その後、2020年12月に使用できる周波数帯を大幅に拡充したため、通信距離が延びたほか、屋外での利用がしやすくなった。 ローカル5Gは、IoTを駆使するスマート工場、トラクターの自動運転をはじめとするスマート農業、中山間地域を対象にした遠隔医療など幅広い分野で応用が見込まれ、いくつかの実証実験が2020年から行われている。ローカル5Gの構築支援サービスを行うベンダーも現れている。 今回、陸上の建物に設けたローカル5Gの基地局のアンテナ(図2)から発する電波の伝搬範囲は半径500メートル程度。養殖場のある場所と通信ができればいいので、全方向(360度)をカバーする必要はなく、指向性を持たせ、約60度の範囲に絞っている。 「ローカル5Gならではのカスタマイズ」と東京大学の中尾彰宏教授が指摘するのが、通信速度の設定である。水中ドローンで撮影した高精細の映像はリアルタイムに陸上に送る必要がある。このため、データのアップロード速度を約200Mbpsとした。通信大手の5Gサービスはダウンロード速度を重視しているため、アップロードは「通常50Mbps程度」(東大の中尾教授)とされる。このローカル5Gではダウンロードよりアップロードの速度を優先し、4倍のアップロード速度を持たせた。
栗原 雅