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直木賞作家が選んだ、文庫解説の「適任者」とは?

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本がすき。

いま私の手元には、2016年に刊行された小学館文庫版『永遠の1/2』がある。作家・佐藤正午が1983年に書いたデビュー作の文庫新版だ。そしてこの本には、小説を執筆してから33年後に書いた「あとがき」が収録されている。文庫には解説がついていることが多いが、引き受け手が見つからず、渋々、それを書くことになったそうだ。 デビュー作とは33年前のアマチュアが書いた作品である。「あとがき」によると、著者にとって読み返すのが「鬱陶し」かったという。(……で?)どうだったのか。無論、それも大変興味深かったのだが、解説の引き受け手に「あて」がある、というのが心に残った。それは、著者が作家として長くキャリアを積めた、理由のように思われたからだ。 倦まずに小説を書き続けることは、大変なことだ。私も習作をしたことがあるが、それを読んだ友人から「小説を書くって面倒じゃない?」と訊かれたことを今でも覚えている。私は「長いのに、よく読んでくれたね」と御礼をいったが、確かに小説を書くことには強い動機が必要である。この「あとがき」には、佐藤正午の動機が見え隠れしている。

この小説の舞台は、著者の出身地である長崎だ。著者の趣味である競輪も登場する。ちなみに私も長崎出身で、私の場合は若い頃から競馬に明け暮れている。鉄火場の雰囲気が似ているからだろうか、競輪場の描写を読んでいるだけでも楽しかった。書き出しは、こんなふうに始まっている。 『失業したとたんにツキがまわってきた。 というのは、あるいは正確な言い方ではないかもしれぬが、それはそれでかまわない。第一、なにも正確に物語ることがぼくの目的ではないし、第二、たぶんこちらの方が重要なのだが、ぼくは並外れて縁起をかつぐ人間である。』 ~第一章「その前の年 十二月」より 「ツキ」への関心。一人称で書かれたこの物語の主人公・田村宏に、冒頭から、私は持っていかれてしまった。その日の「ツキ」について振り返るのが、子供の頃の私の日課だった。なんてガキだと思われた方もいるかもしれない。おそらく、そんな経験を持っているのは少数派だろう。 主人公が退職届を出したのは、年の暮れ。27歳の年が明け、ツキを頼りに何もかもがうまくいくように思われた。その後の一年と少しを時系列で綴っている。その筆致は「あとがき」で本人が心配するようなレベルのものではない。主人公の身に起こる出来事を、実に楽しく読ませてくれる。少し唐突だが、どれだけ面白いか本書から引用したい。 『あるときバイトの女の子が、机にむかって、仕事中とは思えないような笑い声をあげていた。担当者が通りかかって、いったい何がそんなにおかしいのか訊ねてみると、いま読んでいる本が面白いのだという。何の本?すると彼女が黙って裏返して、『永遠の1/2』と書かれた表紙を見せてくれた。』 ~本書「あとがき」より これは、デビュー直後の連載小説の編集者からきいた裏話なのだそうだ。こんなこともあって、佐藤正午に執筆を依頼したという。作家がこの事をいまだに憶えているのは、「こんなふうに誰かに読んでほしいという作者の願いが、見ず知らずの読者に伝わっている」ことがよほど嬉しかったからだろう、と自ら吐露している。 そして「その女の子なら文庫の解説者として適任ではないか」と続けているのだ。もしかしたら佐藤正午は、その見知らぬ読者に支えられて、小説を書き続けて来たのではないか。ふっとそんな思いがよぎった。 この「あとがき」で、はじめて私はこの出来事を知った。小説を書くことで、今回のように佐世保の青年と東京の女の子の間に通じ合えるパイプが生まれるのである。それは、多くの作家にとって、書き続ける動機になっているのではないだろうか。 何かを書きたいという思いと、それに対する熱心さと、通じ合えた時の喜び。作家であり続けるということは、それを持ち続けるということではないだろうか。さて、このデビュー作で佐藤正午は何を書きたかったのだろう。

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