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日向坂46・齊藤京子、佐々木美玲、潮紗理菜が明かす「改名」への本音と今

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 日向坂46のドキュメンタリー映画『3年目のデビュー』が8月7日より全国公開される。当初、3月の公開を予定していたが、新型コロナウイルスの感染拡大により一時は公開延期となり、多くのファンたちが待ちわびていた作品だ。彼女たちの前身・けやき坂46時代から現在までをたどる作品にちなみ、結成からグループを支える一期生の齊藤京子、佐々木美玲、潮紗理菜に、自分たちの歴史を振り返ってもらい、「改名」当時の率直な思いや、今も大切に思うけやき坂46の楽曲について語ってもらった。なお、インタビューは3月上旬に行われたものである。 【写真】日向坂46・齊藤京子、佐々木美玲、潮紗理菜 かわいい別カット ■「改名」発表直後の本音  日向坂46は、欅坂46のアンダーグループ・けやき坂46として2015年11月に誕生した。しかし、当初のメンバーは7月7日放送の『セブンルール』(カンテレ・フジテレビ系/毎週火曜23時)でのメディア出演が話題を集めた、欅坂46の卒業生・長濱ねるのみだった。  その後、今回インタビューに応じてくれた齊藤、佐々木、潮ら11名の一期生が、オーディションを経て2016年5月8日に加入。けやき坂46、通称・ひらがなけやきとして本格的に活動を開始した。  そして、数々のライブやけやき坂46名義での1stアルバム『走り出す瞬間』のリリース、小坂菜緒ら二期生の加入などを経て、グループは2019年2月11日に日向坂46への改名を発表。同年3月27日リリースのデビューシングル「キュン」により、活動開始から“3年目”を目前にしてようやくの単独デビューを果たした。 ――映画のタイトルは「3年目のデビュー」です。その言葉を象徴したのは、やはり「日向坂46」への改名だったと思いますが、当時、皆さんはどう感じていたのでしょうか? 潮:お互いに「改名についてはどう?」と本音を確認し合ったわけではないですが、やはり、それぞれ思うところはあったはずですよね。私は「SHOWROOM」(2019年2月11日に『ひらがなからのおしらせ』として配信)で発表された直後は、正直、不安もありました。  けやき坂46には昔も今も変わらずに尊敬する欅坂46さんとの思い出もあったし、自分たちだけになる怖さもあって。結成からの歴史が「ゼロになる」という気持ちもあったので、寂しかったです。だから、日向坂46としての活動を重ねるにつれて、だんだんと自分たちも強くなっていったと思います。 齊藤:当時のままでは、いつまでも「欅坂46さんの姉妹グループ」と言われ続けていただろうし、私は不安より前向きな気持ちが強かったです。けやき坂46のメンバーとして、当時は心のどこかで「前に進むためにはどうするべきか」と葛藤があったのも覚えています。 佐々木:実は、京子と「私たち、改名するのかもね」と話していたこともあり、何となく予感はあったんです。ただ、発表された配信番組のタイトルが「ひらがなからのおしらせ」だったので、その場での改名は予想していなかったので驚きました。ドキュメンタリー映画の取材を通して「けやき坂46の時代は何だったのか」と考える機会が増えたのですが、当時があったからこそ「今の自分たちがいる」という気持ちは活動の端々で感じます。 ■長濱ねるは「すべてを私たちに教えてくれた子」 ――公開に先駆けた『日向坂46ドキュメンタリー映画 46分の予告編』では、2017年10月25日にリリースした欅坂46の5thシングル「風に吹かれても」で両グループの兼任解除を発表した、かつての仲間・長濱ねるさんの姿も映っていました。彼女に対して、今思うことは何ですか? 潮:加入したての頃、リハーサル中にどうしたら良いのか分からず部屋の隅っこに立っていた私に「座ってよかよ」と、声をかけてくれたのを今でも思い出します。欅坂46との兼任は大変だったはずなのに、いつも私たちのことを優しく気にかけてくれていて。ねるちゃんがいたからこそ、今の私たちがいるという気持ちもあります。 齊藤:ながる(長濱)がいたから、けやき坂46が結成されたんですよ。一緒に活動をしていた当時は、欅坂46との両立で忙しかった姿を、遠目から見ていたのも覚えています。ながるのファンの皆さんも私たち一期生に温かかったし、今でももちろん支えてくださっているし、自分たちにとって大きな存在だなと思います。 佐々木:すべてを私たちに教えてくれた子というのが、ねるちゃんの印象でした。加入当初、欅坂46さんと触れる機会が少なかったときも、先輩たちのことをいろいろと聞かせてくれたんです。それぞれの好きなものや接し方をアドバイスしてくれて。陰でもたくさんの努力をしていたし、器用に何でもこなしている姿を見て、たくさんのことを学びました。 ■「永遠の白線」でけやき坂46時代を思い出す  三者三様でけやき坂46だった当時の自分たちを振り返る齊藤京子、佐々木美玲、潮紗理菜。日向坂46への改名を経て現在までに、2019年3月27日リリースのデビューシングル「キュン」から2月19日リリースの4thシングル「ソンナコトナイヨ」まで、オリコン週間シングルランキングで史上初の「1stシングルから4作連続初週40万枚超え」を記録するなど、グループとしての存在感をいっそう強めている。 ――過去があるから今があるというのは皆さんの発言からも伝わってきますが、改名した今でも、けやき坂46時代の気持ちをよみがえらせてくれる曲はありますか? 潮:当時の曲はどれも懐かしくて、一緒に頑張ってきたみんなとの思い出が込み上げてくるんですけど、私は「永遠の白線」かもしれません。日向坂46になってから歌えるのもうれしいし、今だからこそ元気をもらえるし背中を押してくれる1曲ですね。また、けやき坂46だった当時、ねるちゃんもいる状況で一期生全員で最後にこの曲を披露した場面は、今でも鮮明に覚えています。 齊藤:私も紗理菜と同じで「永遠の白線」です。当時の曲に対して今はどれも違った味わいをかみ締められるようになったんですけど、その中でも特にけやき坂46時代を思い起こさせてくれるし、自分たちを支えてくれるような印象もあります。 佐々木:振り返ると、けやき坂46時代はメッセージ性の強い曲が多くて、日向坂46になってからは恋心のにじむ曲が増えたような印象もあるんです。ただ、自分自身も成長したのか、近ごろは歌詞の1つ1つが心にグサッと刺さってくるようになった気もして。なかでも今響くのは「それでも歩いてる」だと思います。 ■“夢に見ていた光景”をすべて味わえた1年 ――(インタビューの3月時点では)改名を経てのデビューから1年が過ぎました。自分たちの手応えはいかがですか? 潮:改名からここまではいっそう慌ただしくて、1つ1つ目の前にある仕事へ一生懸命に打ち込んできましたね。自分たちでもビックリするほどたくさんの経験をして、激しい変化に追いつくのに必死でしたが、メンバーやスタッフさん、ファンの皆さんへの感謝でいっぱいでした。音楽番組への出演も憧れだったし、どのステージも夢のようで。周りからも「曲を聴いたよ」という声を聞いたりしたのがうれしかったです。 齊藤:夢に見ていた光景を、ほんの1年間ですべて味わえたと思えるほどでした。改名してデビューシングル「キュン」をリリースできたのも忘れられないし、2019年の日本レコード大賞では、2ndシングル「ドレミソラシド」で優秀作品賞を受賞できたのもうれしかったです。昔は自分たちが見ているだけだった大きな音楽番組のステージへ、年末にかけて呼んでいただけたのも思い出深いです。 佐々木:長年、抱いていた夢が一気にかなったような感覚で、頭がとにかく追いつかなかったのが正直な気持ちです。憧れていた『ミュージックステーション』(テレビ朝日系/毎週金曜21時)への出演や、年末の『NHK紅白歌合戦』にも初出場を果たせたのはやっぱり大きかったですね。街中でも少しずつ、声をかけられることが増えてきて。想像していた以上に、自分たちの存在が広まっているとようやく実感できるようになりました。  けやき坂46当時から、日向坂46の今まで率直な気持ちを語ってくれた3人。このインタビューの後、多くのエンターテイメント業界と同じく、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で思うような活動ができないでいた日向坂46だったが、7月31日には、単独公演として2019年12月17、18日のクリスマスライブ「ひなくり2019」以来、約7ヵ月ぶりとなる無観客配信ライブ「HINATAZAKA46 Live Online,YES!with YOU! ~“22人”の音楽隊と風変わりな仲間たち~」を開催。グループは少しずつ日常を取り戻し始めている。  葛藤を抱えながらも、進んできた彼女たち。その裏にはたくさんの涙もあったが、この先もきっとグループの象徴である“ハッピーオーラ”を放ちながら、より大きな存在になっていくはずだ。(取材・文:カネコシュウヘイ 写真:曽我美芽)  日向坂46ドキュメンタリー映画『3年目のデビュー』は8月7日より全国順次公開。

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