[新型コロナ] コロナ禍 農業貿易どう動く 穀物安定も残る不安 FAOシニアエコノミスト アバシアン氏に聞く
国連食糧農業機関(FAO)のシニアエコノミストで、AMISと呼ばれる国際穀物情報提供機関の事務局を担当するアブドレザ・アバシアン氏に、新型コロナウイルス感染拡大の中、農業貿易がどう動くかを聞いた。豊富な在庫と生産で、穀物需給は安定していると強調する半面、感染長期化や消費の変化など不安定な要素が残ると警告した。(特別編集委員・山田優)
過去の危機異なる事情
基礎穀物の需給に、当面、大きな不安はない。二つの理由がある。第一は豊富な供給が見込まれていること。世界中で在庫は潤沢。小麦の作況は北半球の主力産地で順調で、アジアの米生産も問題は見当たらない。2008年に始まる食料危機は、在庫が少ないところに減産になった。今回は事情が異なる。 もう一つは物流などの混乱も抑えられているからだ。私たちが最も注目していたのはインドの小麦だった。過去最高の生産量が見込まれ、一方で感染が進む。本当に収穫できるのか、さらに加工し消費者に届けられるのか。注意深く見守ったが、懸念は杞憂(きゆう)だった。港湾施設の一時的混乱はあったもの、世界の穀物生産と流通は機能している。
肉や乳製品打撃の恐れ
乳製品や食肉など高付加価値の農産物は、不確実性が残る。生産と加工、流通が複雑に入り組み、人手も必要。新型コロナの影響を受けやすい。 私たちの食生活が大きく変わる可能性もある。多くのエコノミストは感染が収まれば、食料消費は元に戻ると予測する。しかし、世界経済の回復は不透明でばらつきがある。ローマの中心部からは観光客が消え、ローマ国際空港はがらがらだ。 肉や乳製品などの消費は、経済成長が停滞すればこれまでのような拡大は望めない。消費行動の変化も注視したい。例えば人々がレストランに行かなければ、魚需要は落ち込む。食品の種類によっては打撃が長引く。
政治的摩擦混乱の元凶
自由な農産物貿易が政治に脅かされている。ロシアやウクライナなどの小麦生産が拡大し、欧米やオーストラリアからシェアを奪った。これらの地域は政治的な紛争を抱える。 米国と中国という巨大な輸出、輸入国も、政治的摩擦によって、お互いが相互に関税を引き上げ大豆や食肉などの貿易が大きくゆがんだ。そこに新型コロナが加わった。一部では自らの消費を優先し食料輸出を規制する動きが出て混乱を招いた。 私たちAMISは徹底的な情報交換、対話を3月から始めた。輸出規制が相次いだ10年前の食料危機を再現させたくなかった。需給面から食料安全保障を心配する必要がないと説得した。その後の展開を見ると、成果を上げたと信じている。
不足の事態備え十分に
気候変動や環境悪化に伴い人間や動物の疾病はこれからも猛威を振るうだろう。世界の農業生産の抵抗力を強めていかなければならない。 世界中で農業投資を増やすことが大切だ。10年前の食料危機を脱することができたのは、多額の資金が農業に振り向けられ、生産性が向上したことが大きい。今回は価格が上がらない分、投資拡大に結びつきにくい。 不確実性が増す中で、食料輸入国は不測の事態に備え十分な注意を払うべきだ。同時に、自由な貿易を柱としたグローバリゼーションへの信頼を世界全体で取り戻すことが必要だろう。
日本農業新聞