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石川さゆり「重ねてきたものを届けたい」演歌界の至宝が語る歌い手の厳しさとは:インタビュー

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デビュー48周年を迎えた石川さゆりが3月25日、通算126枚目のシングル「しあわせに・なりたいね」をリリースした。2月14日には1988年から始まった日本を綴る3部作『童~Warashi~』『民~Tami~』の集大成となるアルバム『粋~Iki~』をリリースし、今年も精力的な活動を見せる彼女。今届けたい歌として制作された「しあわせに・なりたいね」は、“多くの人の心に寄り添う歌を”をキーワードに作詞にKinuyo、作曲にクリエイティブディレクターの箭内道彦、編曲にギタリストの佐橋佳幸を迎え制作された心安らぐ曲。インタビューでは2月にリリースされた『粋~Iki~』について、「しあわせに・なりたいね」に込められた想い、歌い手としての厳しさなど多岐にわたり話を聞いた。【取材=村上順一】

「格好いいね」と言えるものを探しながら届けていく

――48周年を迎えてどのようなお気持ちでしょうか。  こんな日を迎えられるなんて思いませんでした。中学生くらいの子が60歳を過ぎて皆さんに歌を聴いてもらえているなんて。 ――当時はがむしゃらという感じでしょうか。  「何が始まるんだろう?」という感じでした。友人の代わりに出たオーディションで優勝して、何もわからないまま石坂洋次郎さんの小説をドラマ化した『光る海』に、沖雅也さんの妹役として出演することになったんです。8月に優勝して9月にはスタジオにいましたから。 ――女優でデビューされていたというのは意外でした。  歌手というのは頭にはあったんですけど、女優さんというのは考えていませんでしたから。そこからいろんな事務所さんからお話をいただいて、中学3年生の時に歌い手デビューすることになりました。歌い手がドラマに出るということもあったので、『トラック野郎』とか映画にも出演させていただきました。その中で『男はつらいよ』にもお誘いがあったんですけど、歌に集中したかったのでお断りしてしまったんです…。そこからはご縁もなく渥美清さんも亡くなられてしまって。 ――それは少し後悔されている部分も?  いえ、後悔とかはないですね。その時の選択として「今は歌しかないな」と思っていたので。 ――私の中では演歌歌手というイメージが強いのですが、デビュー当時はアイドルという感じだったようですが、それについてはどう思われていますか。  10代でデビューさせていただいたので、アイドルも何も有無を言わさずそんな感じだったので、特になんとも思っていませんでした。私が歌わせていただいていたのは谷内六郎さんの『週刊新潮』の表紙絵のような、叙情的な曲を歌う女の子みたいな感じで。そもそも当時は演歌という言葉がありませんでした。確かジャケットには流行歌と書いてあったのを覚えています。 ――ちなみに「津軽海峡・冬景色」の時には演歌という言葉はあったのでしょうか。  まだなかったと思います。「津軽海峡・冬景色」は阿久悠さんと三木たかしさんの作品なんですけど、演歌を書いたというイメージは先生方にはなかったんじゃないかな。きっと歌謡曲として捉えていたと思うんです。 ――2022年には50周年となりますが、どんな歌を歌っていたいなど未来は見えていますか。  その時に皆さんに提供できる歌、というのが時代の歌だと思いますし、それが私たちの生業だと思っています。今皆さんが切望するもの、欲しているものを歌っていきたいんです。歌というのは一番生活の中、身近にある文化だと思います。日本のみんなの側にある文化というのを、みんなが遠慮しないで「格好いいね」と言えるものを探しながら届けていくというのが、私のやらなければいけないことかなと思っています。

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