ビーチリゾートから東京へ 「角松敏生」の歌詞世界から見る大都市の行方
バブル前夜、1984年の日本
アルバム「AFTER 5 CLASH」は、角松にとって「郊外のリゾートからの脱却」であり、また、都市と向き合い、独自の世界を展開していく最初のアルバムとなりました。 1曲目の「IF YOU…」はイントロのカッティングギターが印象的な、疾走感あふれるファンクナンバーです。 アルバムと同名の7曲目「AFTER 5 CLASH」は、都会の夜の恋人たちにまつわる物語です。歌詞に東京は明記されてはいませんが、当時の状況を考えれば、そのように解釈しても問題はないでしょう。 アルバムがリリースされた1984年の日本は、バブル前夜でした。 東京では、六本木プリンスホテル(2006年営業終了)に代表されるホテルが次々に完成。 また六本木や西麻布には「カフェバー」という名の、カフェとバーが融合したリゾート感漂うおしゃれな飲食店が増えていきました。ビリヤードを楽しめる「プールバー」が出てきたのも同じ頃です。
「アーバンリゾート」の登場
そしてさらに、東京は狂乱と喧騒(けんそう)の時代を迎えます。 1989(平成元)年は芝浦に「GOLD」、1991年は「ジュリアナ東京」と大型ディスコがオープンし、多くの若者でにぎわいを見せました。 六本木にはタクシー待ちの行列ができ、1メーターでは乗車拒否される始末。あのような時代は、もう二度と訪れることはないでしょう。 このような現象からわかるのは、海に代表されるリゾートが、東京に「アーバンリゾート」として登場したということです。 アーバンリゾートとは大都市圏内やその周辺にありながらも、都会とは一線を画すような「疑似リゾート空間」を指します。 大規模なところではコンベンション施設やスパなどを併設し、水や緑の木々を空間演出に使っていた場所もありました。 前述のカフェバーやプールバーもその一端を担っていました。言い換えれば、移動を伴わずに楽しめる「都会のくつろぎ空間」とも表せるかもしれません。 角松本人が東京生まれ、東京育ちのため、「AFTER 5 CLASH」で本格的に原点回帰を行ったとも言えます。 東京には若者を引き付けるアーバンリゾートが乱立し、あえて夏や海にこだわる必要もなくなり、東京や都会での夜の物語へと移行したのでしょう。