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東大卒プロゲーマーはなぜ生まれた?「自分は格闘ゲームの『凡人』なんです」

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GAMEクロス

日本を代表するプロ格闘ゲーマー、ときど選手。メインに活動する「ストリートファイターV 」シリーズにおいて、世界大会「EVO 2017」での優勝をはじめ、華々しい成績を残しています。 しかしその成功の裏には紆余曲折が。大学院中退や、ゲーマーとしてのスランプなど、決して簡単な道ではありませんでした。 ときど選手が世界から注目されるスタープレーヤーとなるまで、どのような道を歩んできたか、ときど選手にお話をうかがいました。 【写真特集】プロ格闘ゲーマーときど選手の写真をもっと見る

「打倒いとこ」から始まったゲーマーライフ

――今では世界的プロゲーマーとして活躍されるときど選手ですが、ゲームとの出会いはいつでしたか? ときど:小学生のころ両親が共働きだったので、学校帰りは必ず叔母の家に寄っていたんです。そこでは年上のいとこたちがファミコンをやっていて、そこに混ざったのが初めてのゲーム体験でした。 ――では、格闘ゲームとはいつ出会ったのでしょうか? ときど:初めて格闘ゲームに触れたのはスーパーファミコンの「ストリートファイターII」でした。小学校1年生の時に「新しいゲームを買ったから皆でクリアしよう」と友達に誘われてプレーしたんです。その時はバルログが強くて、最後まで行けなかったのを覚えています。 それから格闘ゲームが好きになったのですが、僕にはもう1人沖縄にいとこがいまして、彼は攻略本を読みながら「バーチャファイター」をプレーするくらい強かったんです。頻繁には会えない相手なので「次に会った時は倒したい」という気持ちから、対戦に熱中し始めました。 ――ゲームセンターにも通われていましたよね? ときど:僕が小学校を卒業してすぐくらいに「THE KING OF FIGHTERS '97」をプレーし始めました。はじめは駄菓子屋の筐体(きょうたい)などで遊んでいたのですが、徐々にゲームセンターへ行くようになりました。当時は「効率よく勝つにはどうすればいいか」を研究するのが好きでしたね。

ゲームへの情熱を捨てきれず……

――ときど選手は東京大学を卒業されていますが、どのような経緯でプロゲーマーになられたのですか? ときど:僕が東京大学を卒業したタイミングではプロゲーマーという職業はなく、ゲームは趣味として続けていくものだと思っていました。だから僕は大学院へ進学したのですが、1年目に大きく研究内容を変えたことがきっかけで、うまく研究室になじめない時期が続いていました。 そんな中、梅原大吾さんが日本人初のプロゲーマーになられたんです。ちょうど人生について考えていた時期にプロゲーマーという可能性を知って、かなり悩みました。プロゲーマーになるのは学歴を棒に振ってしまうように思えましたが、ゲームに対する情熱も捨てきれていなかったのです。 そのまま大学院を卒業して就職し、趣味でゲームを続けている自分を想像した時、もしテレビなどで昔の仲間たちがプロゲーマーとなって映っている姿を見たら、やりきれない気持ちになるな、と思いました。 自分はプロゲーマーになるしかない人間だと分かったんです。それに気づくことができてからは、悩むことはなくなりました。

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