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「東京五輪の100メートル決勝で走る。それが目標」

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みんなの2020

日本人で初めて100メートルを9秒台で走った男、桐生祥秀。 17歳で、彗星のごとく日本陸上界の表舞台に現れた桐生は、22歳となった今、どのような思いで競技と向き合っているのか。 9秒台を出すまでの葛藤から、自身の引退のタイミング、そして2020年東京五輪での目標について。日本陸上界で最も注目を集める桐生が、その心の内を語る。 桐生祥秀が、どこにでもいる普通の高校生から、「日本人で初めて9秒台を出すであろう高校生」に変わったのは、彼が高校3年の(2013年)4月29日のことだった。広島で行われた織田記念国際の予選で、桐生は日本歴代2位となる10秒01の記録を叩き出し、一躍、時の人となったのだ。

「あの日は、陸上人生が変わった日、と言える日でしたね。もちろん、9秒98を出した時もすごく注目はされましたけれど、ロンドン五輪やリオ五輪である程度その前から注目はされていたので、(注目されることへの)免疫はできていました。ただ、10秒01を出した時は、その日を境に、言わばゼロからイチになりましたから。いきなり、『応援してるよ』と街でも声をかけられるようになって。それまでは声をかけられるようなこともなかったですから、本当に一気に状況が変わりました。当時は正直とまどいもありました。まだ高校生で生意気でしたし、『陸上ばっかりじゃなくて、もっと遊びたい』という気持ちもありましたし」 高校を卒業後、東洋大学に進学した桐生だったが、そこでも引き続き周囲の期待とのギャップに苦しむことになる。

「(10秒01を出して以降は)もうずっと......いろいろとありましたね。例えば、ある大会に出場した時に、その大会では、タイムはたいしたことなくても、それこそ10秒3や10秒4でも、一番になればその時の自分の状況としてはもう100点だったとします。ただ、そういう状況で一番になったとしても、ゴールした後、取材陣に囲まれると、『今日はどういう理由で調子が悪かったのかな?』って(苦笑)。記者の人からすると、『タイムが悪いイコール調子が悪い』ってなっちゃう。そのギャップは常にありましたね。記者の人たちの数もタイムによって露骨に変わるんです。10秒0台を出した次の大会とかはメチャクチャ増えましたね。いきなり、もう何百人もいたり(笑)。逆に、10秒2とかだった次の大会では一気に減ったりする。だから、記者の人が少ない時には、『今日はみんな来てないから、今日こそ9秒台出してやるぜ』という気持ちになってました(笑)」

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