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転職と天職 ー ナディアのジュエリー「ムッシュー・パリ」。

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フィガロジャポン

パリジェンヌの心をしっかりとつかんでいる ジュエリーのブランド「Monsieur Paris(ムッシュー・パリ)」。2010年にブランドを立ち上げ、同時にブティックも開いたのはNadia Azoug(ナディア・アズーグ)で、彼女がデザインも手がけている。モード雑誌に女優マリオン・コティヤールがムッシュー・パリのジュエリーを着けたページが掲載されるや、創業1年であっという間に話題のブランドに。 ムッシュー・パリのアイテムをもっと見るにはこちら。

ナディアはジュエリーの学校に通ったわけではないし、どこかのジュエリーのブランドで働いていたわけでもない。バー・ブラッスリーのカウンターで宝石職人と会話を進めるうちに、ジュエリーブランドを設立することを決めたのだ。 「宝石職人のフランキーの仕事の話をいろいろと聞いているうちに、彼が実践しているメティエ(職業)にすっかり魅了されてしまったのね。宝石の仕事は、なんて素晴らしいの、って。ちょうど何かほかの仕事をしたい、と模索している時のことで、私が探し求めていたのはこれだわ!と」 バー・カウンターの内側にいた彼女はこう思ったのである。当時の彼女はバー・ブラッスリーの経営者。美しい職人の手をもつフランキーは店の常連客で、毎朝カフェを飲みに来ていたのだ。 「私はアルジェリア生まれ。仕事に差し支えるのでジュエリーを身に着けることはあまりなかったけれど、装身具はオリエント、マグレブの文化の一部よ。それにジュエリーは愛情や結婚、出産という人生の幸せの瞬間に結びつくもので、フランキーと話していて、そういう点もすごく気に入ったの」

会社員、バー・ブラッスリーの経営を経て。

「大学では5年間社会学を学びました。何か就きたい仕事のために、というのではなく、学んで理解したいことがありこの学科を選んだのです。私の人生は、このように常に自分の欲求に沿って進んでいます。アルジェリアからフランスに来て、異文化に接しました。アルジェリアとは異なることが多く、たくさんの発見があり、これは素晴らしいことでした。自分の周辺の習慣の違いを学ぶのに、社会学を学ぶのは役立つことで、興味を満たしてくれます」 学業のあと、25歳で仏米グループの企業の人事部で働くことに。2年在籍する間、あいにくと仕事はまったく好きになれなかった。組織の仕組みの融通の利かなさ、自由のなさ、連日の無意味な10時間労働……。当時のパートナーもサラリーマンが嫌で、会社を辞めてバー・ブラッスリーで働いていた。そして、ある時、その店の経営を引き継げる可能性が舞い込んだのだ。彼女は27歳。 「いいわね、やりましょうよ!って、あまり深く考えずに彼と経営を始めたの。これも出合いね。彼との間に3歳の子どもがいて、お腹にもうひとりいて、毎日早朝から深夜まで17時間働くのは大変だった。けっこう広い店だったから従業員は15名も。エキサイティングでおもしろい仕事で、たくさんのことを学び、会社の人事部での経験もこのビジネスには役立ちました。でも6年くらいで仕事のすべてを一巡したところでほかのことがしたくなって……そんな頃に、こうしてフランキーとバー・カウンター越しに毎朝話をする機会があったのです」

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