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<3>顔のない遺影 親父の死がフレーミングを教えてくれた【天才アラーキー傘寿を語る】

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日刊ゲンダイDIGITAL

【天才アラーキー傘寿を語る】#3  この写真も親父が撮ってくれたものでね、オレが小学校3年のころに作ったゾウの粘土工作なんだ。オレがこういうのを作ると、すごく喜んでくれて、「おまえは上手だぞ」って、ほめて、写真を撮ったりしてくれた。オレが写真を撮ると「ノブはスナップがうまい」って、ほめてくれてね。オレのことを最初におだてたプロデューサーみたいなのは、親父だったんだよね。  オレが写真をやることに確信を持ったっていうか、写真はこれだって分かったのは、親父が死んだ時だね。これは親父が死んだ時の写真でね、お祭りが好きだったから祭りの時の浴衣を着せて、ゴザの上で数珠を持ってる。  病気で入院して死ぬまでが長かったから、一緒に銭湯に行っていた頃の元気な親父の顔じゃなかったんだ、やつれちゃって。そんなの最後の遺影に撮りたくない。だから顔はカットする。  それで腕をまくって、腕の入れ墨を見せる。冗談だけど、入れ墨を入れればヤクザになれるって思ったらしいんだけどね。いつも一緒に銭湯に行って、背中流して、元気な親父の腕の入れ墨を見てた。だから親父が見せたい入れ墨を見せる。下駄の職人の手を入れる。見たくないものは切る。写真に撮ると、ずーっと残っちゃう、思い出しちゃうからさ。  そういうような、残したくないもの、記憶から消したいものはパッとみんな切っちゃう、切り捨てる。そういうのから始まっているの。で、あ、そうか、写真というのはフレーミングだなと。自分が除外するものと入れるもの、そういう作業なんだと。親父が教えてくれたんだよ、フレーミングっていうことをね。

親父やおふくろと旅したかった

 今、一番ね、親父とかおふくろを旅に連れて行ってあげたかったなと思うんだ。一緒に旅したことがなかったんだよね。  小学校の時に、親父が林間学校の記念写真を撮ってくれって学校から頼まれて、写真の助手と称して日光とかに連れて行ってもらったことはあるけどね。旅館を抜け出して、夜明けに日光東照宮を親父からもらったカメラで写真を撮ったんだ。そういうような旅しかないの。  旅に連れて行ってあげたかったね。おふくろを連れて、ちょっと近くの温泉でもいいからさ。親父は写真展だね。海外の写真展に一緒に連れて行きたかったねえ。ウィーンのセセッションでやった時に連れて行きたかったなあ、親父は喜んだろうなぁ(1997年にオーストリア・ウィーンのセセッション設立100周年記念展として大規模な個展を開催)。  下町だからね、自慢だったらしいんだ。「うちのノブは天才だ」なんて言ってたらしいからね(笑い)。今、ちょっと写真展やってるんだけど、行こうぜとか言いたいんだよねえ。そういう時にいない。だから残念だけどね。 (写真家/荒木経惟 構成=内田真由美)

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