あなたが選ぶ復帰50年十大ニュース1位は「沖縄の復帰実現」 2位「首里城焼失」3位は「95年県民大会」
[okinawa復帰50年] 沖縄の日本復帰50年に合わせ、沖縄タイムスと琉球朝日放送(QAB)が実施した「あなたが選ぶ沖縄の復帰50年十大ニュース」アンケートで、幅広い年代から支持を集めた「沖縄の復帰実現」が1位となった。120人中54人が1位に選んだ。2位は2019年の「首里城焼失」、3位は1995年の「米兵による暴行事件と事件に抗議し、日米地位協定の改定を求める県民総決起大会」と続いた。 この記事の他の写真・図を見る 「沖縄の復帰実現」は、当時を知る世代にとって復帰運動やドルから円への通貨切り替えなど記憶が鮮明なほか、若い世代には歴史的な価値も含まれている。理由では「復帰は何よりのニュース」(60代)のほか、「今日まで続く課題の起点」(40代)といった複雑な感情もにじんだ。復帰を象徴するニュースの一つで、車の通行が右から左に変わった78年の「730交通変更」は10位だった。 2位の首里城の正殿、北殿、南殿など主要施設を焼いた火災は、19歳以下と30代で1位、20代で2位に選ばれた。1992年の「首里城復元」も全体の12位に入っている。 3位に入った95年の県民総決起大会を合わせ、米軍基地関連の3項目が上位に入った。県民総決起大会をきっかけに沖縄の基地負担軽減を目的とした「普天間飛行場の返還合意」が9位。「5~7年」とされたがいまだ実現せず、その間に起きた沖縄国際大学への普天間所属ヘリ墜落事故が4位だった。 スポーツ関連は2項目入った。高校野球の甲子園で2010年に興南が成し遂げた春夏連覇が5位。「劣等感を完全に払拭できた」(40代)と同世代から評価を受けた。6位は、具志堅用高さんが1976年に県勢初の世界チャンピオンに輝いたニュースだった。 7位は2000年の「沖縄サミット」、8位は県民生活や経済に大きな影響を与えている「新型コロナ感染拡大」(20年)だった。(編集委員・福元大輔) 喜怒哀楽を刻んだ50年 当事者や関係者に思いを聞く 沖縄の日本復帰50年に合わせ沖縄タイムスが募った1972年から50年間の十大ニュースは1位の復帰実現をはじめ、首里城焼失、米軍基地問題、興南高校の甲子園春夏連覇など幅広い分野から県民の記憶に刻まれた出来事が選ばれた。それぞれの当事者、関係者と共にニュースを振り返り、新たな時代に踏み出す沖縄への思いを聞いた。 【1位 沖縄の復帰実現】 描いた沖縄 程遠く ■平良亀之助さん 沖縄の日本復帰後50年間のニュースとして最も票を集めたのは、出発点となった復帰そのものだった。 なぜか。琉球政府行政主席の名でまとめられた「復帰措置に関する建議書」の草案作成に携わった元琉球政府職員の平良亀之助さん(85)は「今の沖縄を形作った原点だからではないか」と語る。 1971年に調印された沖縄返還協定は米軍基地の存続を認め、復帰で望んだ「基地のない平和な沖縄」から程遠いものだった。国会で承認され効力を発する前に、求める復帰像を伝えるためまとめたのが、建議書だ。 だが、屋良朝苗主席が国会で手渡すはずだった建議書が受け取られることはなかった。基地負担は減るどころか増え、全国の基地の7割が沖縄に集中する。「変わっていないどころじゃない。要求と逆の結果になっている」。年月がたって黄ばんだ建議書の写しをドン、ドンとたたき、にらみ付けるようにじっと見つめた。 今月、玉城デニー知事は新たな建議書を持って上京し、岸田文雄首相に手渡した。玉城知事から作成に当たって意見を求められ、自身が関わった経緯とともに、復帰を「お祝いにはしないでほしい」とも伝えた。当時と同じ願いを込めた建議書が再び作られることになるとは、思ってもみなかった。 50年前の5月15日は、主席から知事と呼び方が変わった屋良氏に朝から夜まで付き添い、政治の内側から復帰を見つめた。「勝ち取った復帰」といわれたあの時から半世紀たった今、復帰の日をどう迎えるか、決め切れずにいる。 (社会部・棚橋咲月) 【2位 首里城焼失】 心のよりどころ 再び ■賀数仁然さん 燃え落ちる正殿を龍潭から見上げていた琉球歴史家の賀数仁然さん(52)。見ていた人から悲鳴が上がり、信じられない思いでその光景を見つめたのを覚えている。 那覇市出身の賀数さんは大学進学で沖縄を離れた後、万国津梁の精神でアジアの国々と交流していた琉球王国の歴史を知り、「どうだ俺のふるさと」と誇りに思っていた。「どこを見ても、琉球独自の歴史文化が分かるのが首里城」と魅力を語る。 アンケートの結果には、「『沖縄と言えば青い海』といわれていたのが、次第に首里城が自慢できるものの一つになり、多くの県民の心のよりどころになったのではないか」と分析。 その心のよりどころが焼失し、多くの県民がショックを受けたことを説明しながら、「再建に向けて進んでいる『令和の首里城』が、新しい希望ある時代に導いてほしい」と願いを込めた。(社会部・當銘悠) 【5位 甲子園春夏連覇】 「負けない」自信 胸に ■島袋洋奨さん 「大臣が先か、甲子園が先か」という言葉には、本土に肩を並べたいという県民の思いが込められていた。2010年の興南高校による甲子園春夏連覇は、その悲願を達成した偉業だった。 当時のエース、島袋洋奨さん(29)は「目の前の試合に勝つことだけに集中していた。優勝を今でも喜んでくれるのはうれしいことです」と白い歯を見せる。 現在、野球界では東京五輪で日本代表として平良海馬投手が金メダルを獲得するなど、県出身選手の活躍が目覚ましい。 春夏連覇がブレークスルー(突破口)になったのでは、との質問に「それは定かではないですが」とはにかみながら「日々の練習を信じて『全国でも負けないぞ』と自信を持っていた」と語った。 19年のプロ野球引退後は母校の広報担当を務めながら後輩球児を指導。「外に挑戦する大切さを伝えていきたい」と力を込めた。(社会部・銘苅一哲) 【アンケートの方法】 アンケートは3月15日~4月30日まで、沖縄タイムスのホームページ(HP)で実施した。本紙が1972年から2021年までに公表した各年の県内十大ニュース計500件と年末の公表後にあった2011年の「沖縄防衛局による辺野古環境影響評価書の未明提出」、13年の「辺野古埋め立て承認」の2件を加えた502件から1~10位を選び、投票する形式。120人の回答を集計し、1位10点、2位9点…、10位1点と点数化し、合計点で「あなたが選ぶ復帰50年十大ニュース」を決めた。