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マニエル率いる近鉄が「江夏の21球」に敗れる セイバーメトリクスの視点で過去の打撃ベスト10を振り返ろう~1979年編~

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ベースボールチャンネル

 本企画はNPB過去年度の打撃ベスト10を眺め、往事の野球を今の視点から振り返り楽しんでもらおうというものだ。ただベスト10は従来の打率ではなく、セイバーメトリクスにおける総合打撃指標wRAA(※1)を採用する。これはリーグ平均レベルの打者が同じ打席をこなした場合に比べ、その打者がどれだけチームの得点を増やしたかを推定する指標だ。この視点で振り返ることで、実は過小評価されていた打者がわかるということもあるかもしれない。 【図表】歴代打撃タイトル獲得選手一覧

1979年のパ・リーグ

チーム  試合 勝率 得点 失点 得失点 前/後 近鉄   130 .622 672 531  141 1/2 阪急   130 .630 695 546  149 2/1 日本ハム 130 .512 592 569  23  3/4 ロッテ  130 .466 576 597  -21 4/3 南海   130 .387 558 689  -131 5/6 西武   130 .381 525 686  -161 6/5  クラウンライターライオンズが身売りをした結果、埼玉に西武ライオンズが誕生。この結果、ダイエーの進出まで九州にプロ野球チームは存在しないこととなった。  加藤英司(阪急)が前年の不振から復調し、wRAA55.9を記録。パ・リーグの首位を奪還した。出塁率・打率・打点でリーグ首位となっている。パ・リーグでは1972年の張本勲(当時東映)以来、7年ぶりとなる50以上の値をマークした。加藤はこれで3度目の1位である。  2位チャーリー・マニエル(近鉄)は1打席当たりの得点貢献を示すwOBA(※3)においては加藤を上回ったが欠場が多く、打席数は規定のラインとなる403打席ちょうどに留まった。これにより打席が多いほど有利になる積み上げ値であるwRAAでは2位に終わっている。ただし前半戦の打撃は異常ともいえるレベルで、6月9日に死球を受けて顎を複雑骨折するまで48試合で24本塁打を放っていた。最終的に長打率.712と本塁打37本でリーグ最高をマークしている。  マニエルの活躍もあって近鉄は前期優勝。日本シリーズにも出場したが、この年はかの有名な「江夏の21球」があった年である。近鉄は広島に敗れ、シリーズ制覇はならなかった。  ベスト10には阪急勢とロッテ勢が共に4名入ったが、阪急がリーグ最多の695得点をマークしたのに対しロッテのチーム得点は下位の576得点。中心打者以外の層の厚さの差が表れたかたちだ。なお、この年はかなり飛ぶボールが使用されたようで、打者優位なシーズンとなっている。このようなシーズンでは打順のまわりが良くなり、各選手の打席数が増え、それに伴い規定打席到達者が増える。この年も38名と多くの打者が規定をクリアした。多くの打者が好成績を残すためレギュラーが交代しにくいという事情も要因となっているかもしれない。11位以下の打撃成績も例年に比べかなり高い。この傾向はこの翌年にピークを迎える。  注目の選手は西武の山崎裕之である。337打席と規定には達しなかったが、wOBAで3位のレロン・リー(ロッテ)にわずか7毛差と迫る.412をマーク。このシーズンは本塁打が飛び交う年であったにもかかわらず、長打力を武器としない山崎がこれほどの数字を残したのは驚きである。この年、初年度の西武は田淵幸一・山崎らのベテランを獲得している。黄金時代の始まりに当たる1982-83年頃の優勝は彼らの力によるところが大きかった。

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