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記者が甲子園が中止が決まった20日に高校野球部の練習に参加して見えてきたもの

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高校野球ドットコム

 夏の甲子園開催可否が正式に決まる5月20日をどのように過ごそうか、思案した。  「記者」という仕事柄を考えれば、どこかの野球部に「取材」に行って監督や選手の話を聞き、記事を書くのが本分だろう。実際「高校野球ドットコム」から取材依頼があった。だが正直なところ「そっとしておいてあげたら?」という葛藤もあった。 【動画】人気YouTuber・クーニン、トクサンら先輩球児たちが送る現役球児たちへの熱いメッセージ  ふと「取材」よりも、高校球児の気持ちになって「野球の練習」がしてみたいと思った。20代後半から30代前半にかけては「体験取材」「ペンとノートをグローブとバットに置き換えた取材」と称していろんな学校の練習に参加したことがある。  さすがに40代になってからやる機会はなかったが、またやってみたくなった。いくつかの学校に問い合わせたら、鹿児島の上之薗大悟監督が「いいですよ」と承諾してくださった。  鹿児島市犬迫にある鹿児島のグラウンドは、個人的な思い出がある。鶴丸での現役時代、練習試合の代打で1打席、守備は9回の1イニング守ったことだけが私の「試合経験」だ。守備についたのが鹿児島のグラウンドで対戦した菊池(熊本)戦だった。  ユニホームを着て、グローブとスパイクを野球バッグに詰め、自転車で犬迫に向かう。グラウンドに上がるのに勾配のきつい上り坂がある。高校生の通学用自転車ではとても登れない斜度があるが、今乗っているのは長距離ライド用にも使用しているクロスバイク。テクニックと根性で何とか上り切った。  練習はすでに始まっていて、アップをしていた。上之薗監督が鶴田 康太主将(3年)を指名してキャッチボールやトスバッティングの相手をしてくれた。「甲子園、なかったら辛い?」「辛いです」そんな会話を交わした。内面の葛藤は表に出さず、笑顔で突然現れたおっさんの相手をしてくれた。  1、2年生がシートノックをしている間、3年生はウエートトレーニングをやっていた。あえて野球の練習をさせず、1、2年生のやっていることを見させていたという意図があったことは、後で上之薗監督が話していた。  顔は笑っていても内面に葛藤があるのは鶴田主将と同じだ。「1年冬に亡くなったおじいちゃんと約束したんです」。加治屋翔太は言う。練習熱心で「春の県大会ではエース番号を背負うはずだった」と緒方勝副部長が教えてくれた。  緒方副部長は高校の後輩にあたる。遅れてやってきた緒方副部長に受けてもらってブルペンで投球練習をした。一通り投げ込んで肩を作ると、やはり1、2年生が1本バッティングの練習をするので志願してマウンドに上がった。  カウント2ストライクからだったが、思うようにストライクが入らない。ごまかしながら何とかアウトを重ねる。途中四球を連発した時は三塁で守っていた選手がタイムをとって寄ってきた。  「上之薗監督から『上半身と下半身がバラバラで投げている』だそうです」  ふと我に返ってまずは下半身を意識して投げてみた。それでも思うようにストライクが入らなかったが、4イニング分ぐらい投げて、1失点だったから急造投手としては及第点だろう。打者にしてみれば「練習にならない」と思ったかもしれないが、ストライクの入らない投手を攻略しなければならない場面も試合では必ず出てくる。  マウンドを緒方副部長、さらに遅れてやってきた佃雄太副部長に譲った。佃副部長は先日、地元放送局の動画サイトの企画で「私が選ぶベストナイン」を担当した際、遊撃手のベストナインに選んだ。  振り返れば01年3月、小学生のソフトボール大会の取材の合間に、当時6年生で以前から知り合いだった彼とキャッチボールをしたことがある。「グローブを見せてください」というので見せると「手入れをしていませんね? 毎日磨かないとだめですよ」と笑顔で言われた。  小学6年生に「説教」されたのは後にも先にもこの1度きりだ。「道具を大事にする選手」ということで武岡台時代の彼をベストナインの1人に選んだ。「今、鹿児島で指導者になっている。道具の大切さを高校生に教えていることでしょう」と動画でコメントした。  マウンドの佃投手と2度勝負して、ライト前とセンター前、2本のヒットを放った。投げ終わった後、19年ぶりにキャッチボールをした。

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