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錦織圭と父との愛情物語。 25年前の「プレゼント」と息子への願い

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父の日プレゼンツテニス・錦織圭の「父子鷹」  錦織圭と"30歳"という数字が重なった時、思い出すことがある。 【写真】美人ペア「えりみゆ」は東京五輪のメダル候補!  父親の清志さんが、かつてふと漏らした「あいつには、30歳になっても飛んでいてほしいけん......」のひと言。  ひじにメスを入れた錦織が復帰のシーズンを戦っていた、10年前のジャパンオープンの日であった。  錦織圭にテニスを授けたのが父であることは、今や広く知られた「始まりの物語」だろう。  学生時代にテニスの奥深さに魅せられた清志さんは、仕事で訪れたハワイで目にした、通常よりひと回り小さいラケットに引き寄せられる。 「ジュニア用のラケットがあるんだ......」  そんな好奇心から手に取ったラケットを、そのまま購入し、お土産として持ち帰った。  子どもたちに多くのチャンスを与えることは、錦織家の方針だったのだろう。姉弟は様々な習い事に触れ、とくに長女は深く水泳に打ち込んでいた。  ただ、父にしてみれば、水泳は一緒にできない。レースを応援しに行っても、子どもの姿がよく見えない寂しさもある。

「でも、テニスなら、一緒に子どもたちと遊んでやれるよな」  そんな思いに導かれ、ふたりの子どもにラケットを手渡した。圭が5歳、姉が9歳の時である。 「圭の負けず嫌いは、想像を絶するものがある。だからこそ、テニスは彼にとって楽しいものでなくてはならないんです」  清志さんからはこの言葉を、一度ならず聞いてきたように思う。  テニスを楽しむ心----。それは、ラケットとともに父が息子に授けた、最大のプレゼントだったかもしれない。  つらくなって止めるようなことなく、ずっと楽しく続けて欲しい......。  父がそう強く願った訳は、自身のほろ苦い経験にも根ざしている。  野球少年だった清志さんは、地元の少年野球団で3、4番を任されるチームの主力だった。しかし、中学に進学して野球部に入ると、頭を丸め、来る日も来る日も球拾いだけをさせられる。 「なんて無駄な時間を過ごしているんだろう......」  自尊心も傷つけられ、入部から3カ月ほどして、耐えられずに部を去った。だが、その時に味わった挫折感や「俺は根性がないのかな」という自責の念は、しばらく消えなかったという。

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