「鍋の素は冬しか使えない」を覆す…エバラ食品工業「プチッと鍋」が"ポーション調味料"を名乗る理由
■市場の拡大ではライバルと「協調」、シェア獲得では「競争」 先行するライバル「鍋キューブ」を追いかける形で発売された後発の「プチッと鍋」が、ライバルを追いかけ、追い越すまでになった戦略は「コーペティション戦略」と呼ばれるものだ。コーペティション戦略とは、「Cooperation(協調)」と「Competition(競争)」の2つの単語を組み合わせた造語で、ライバルとの協調と競争を使い分ける戦略である。新たな価値を開拓する段階ではライバルと協調して市場を拡大させ、大きくなった市場のシェアを獲得する段階ではライバルと競争する、といった使い分けが一般的とされる。 まずは、ライバルと潰し合わないように棲み分けながら、共に市場を広げる。そして、広がった市場において、相手にない価値を作る付加価値競争で勝ち上がる。この協調と競争のコーペティション戦略は、個食鍋市場における「プチッと鍋」にちょうど良く当てはまる。開発時期がかぶり、ライバル「鍋キューブ」が先に発売されることを知ったときの想いを、「プチッと鍋」の開発チームは「同じ時期に同じことを考えていた方たちがいたんだな」と驚くとともに「個食鍋のニーズは間違いなくある、市場としてのチャンスはあると確信した」と語っている(※8)。 ※8 日興フロッギー〈「『平日だって鍋を食べたい』、お客様の声が『個食鍋』という市場につながったんです」【前編】〉を参照。 2つの商品は、個食鍋という新市場を開拓するライバルであると同時に、同志でもあり、それぞれのマーケティング活動を通じて、鍋つゆ市場の約2割を占めるまでに個食鍋市場を拡大させてきた。そして、市場開拓のスタートから10年以上が経った現在では、シェア獲得競争に重点を置いた戦略が取られている。「プチッと鍋」が、ライバルを上回る価値として持っているのは、味の種類と、使い方の幅である。 ■ポーション調味料専用の新ラインを増設 ポーション調味料として開発された「プチッと鍋」は、液・容器の技術改良が進められ、2013年の20mlのポーションに始まり、2016年からは40mlの高粘度タイプの濃厚味、2022年からはシリーズの「プチッとうどん」で40mlの具入りタイプ、2024年からは20mlで液残りのないゼリータイプと、商品の進化とラインナップの充実化を進めている。応用の幅を広げやすい液体(ポーション)と、応用の難しい個体(キューブ)の違いから、「プチッと鍋」は11種類の味(※「プチッと鍋ホッと温」を含む)を展開しているのに対して、「鍋キューブ」は6種類だ。前述の通り、商品を活用した鍋以外のレシピ数においても、「プチッと鍋」が大きくリードしており、相手にはない味と使い方の提案を競争優位に結び付けている。 エバラ食品工業は、中期経営計画の中で「ポーション調味料の売上拡大」を明記しており、鍋用の「プチッと鍋」に加えて、うどん用の「プチッとうどん」、ステーキ用の「プチッとステーキ」など、ポーション調味料の味と用途の拡張を推し進めている。栃木工場に加え、岡山の津山工場にもポーション調味料専用の新ラインを増設しており、今後ますます新たな価値を生みだしていくだろう。 ---------- 永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ) 高千穂大学商学部教授 専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『 マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『 分不相応のすすめ 詰んだ社会で生きるためのマーケティング思考』(CROSS-POT)などがある。 ----------
高千穂大学商学部教授 永井 竜之介