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東京を走る地下鉄のカラー、どうやって決めたの?

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ITmedia NEWS

 首都圏に住んでいる人であれば、東京を走る地下鉄が色分けされていることをご存じかと思います。例えば銀座線はオレンジ、丸の内線はレッド、半蔵門線はパープルとそれぞれシンボルとなる色(ラインカラー)があり、路線図などの見やすさに一役買っています。その原点は、走っていた車両の色でした。 【画像】交通政策審議会答申第198号で提言された新設路線

連載:非テツでも楽しめる、テツ好きが注目するチマタの話題

ここでは鉄道に関するちょっとした豆知識をお伝えすることで、何となく知識が増えたなとか、みんなが知らないことが自慢できたりとか、まあそんなことを目指してお届けしていく、テツの与太話です(作倉瑞歩)

1970年当時の車両の色がポイント

 東京の地下鉄でラインカラーが決定したのは1970年。このとき都内では銀座線、丸ノ内線、日比谷線、東西線、千代田線が営業していて、それぞれの路線を走っていた車両の色に基づき、オレンジ、レッド、シルバー、スカイ、グリーンとラインカラーを割り当てました。当時はまだなかった有楽町線、半蔵門線、南北線、副都心線は他の路線と重ならないようにゴールド、パープル、エメラルド、ブラウンが事前に割り当てられ、その色を車両に反映しました。  東京の地下には東京メトロ(営団地下鉄)の路線だけでなく、東京都交通局が運営する浅草線、三田線、新宿線、大江戸線もあります(都営地下鉄)。こちらも1970年に当時の営団地下鉄と東京都交通局が話し合い、そのとき開通していた浅草線はローズ、三田線はブルーとしました。新宿線のリーフ、大江戸線のマゼンタはそれぞれ開業前に決めたものです。  ところで東京の地下鉄には番号も振り分けられていることをご存じでしょうか。これは1970年代に都市交通のあり方を検討した「都市交通審議会」が運輸省(当時)に提出した答申で路線に番号を割り当てていたため。1972年3月1日に運輸大臣へ提出した「都市交通審議会答申第15号」では、以下のようにナンバリングしていました。  50代半ばより上の方だと、浅草線は「都営1号線」、三田線は「都営6号線」と呼ばれていたのを覚えているかもしれません。これらは1978年7月1日から浅草線、三田線と名前が変わりました。その年の12月21日に開業した新宿線も「10号線」と呼ばれていました。

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