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タモリ「ハナモゲラ男」はシモキタ・ロフトで東京デビューした【ロフト創業者が見たライブハウス50年】

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日刊ゲンダイDIGITAL

【ロフト創業者が見たライブハウス50年】#17  歌舞伎町のど真ん中なので、家賃はべらぼうに高い。<ROCK CAFE LOFT>は、2018年の3月にオープンした。18坪の小さな店。日本の音楽文化、ライブ文化を継承するために「ロック爆音空間」をつくりたい。部屋にひとり閉じこもってヘッドホンで聴くのではなく、その場にいる人たちとおしゃべりしながら、酒を飲みながら、ロックやフォークを分かち合って<爆音>で聴いてほしかった。でも、コロナ禍で赤字は積み重なるばかり。さて、これからどうしたものか……。  若者の誰もが明日に向かって青春していた。高度経済成長期。政治の季節ならではの暗さから脱却し、明るい未来が待っていると信じていた。  1975年の春だったと思う。いや、秋だったか……。正式なイベントじゃないのでハッキリした日時などを記した資料は残っていない。フリージャズのピアニスト山下洋輔さんに相談を持ち掛けられた。 山下「平野さん、九州に変な男がいる。1人で4カ国語を操ってマージャンの実況中継をやるんだ。仲間でカネを出し合って東京に呼ぶことにした。シモキタ・ロフトを深夜でいいから使わせてほしい」 平野「いいですよ。(お客から)飲み代くらいは請求してもいいですか」 山下「お金の取れる芸人じゃないので残念ながら会場料も払えない。赤塚不二夫さん、浅川マキさん、中村誠一さん、坂田明さん、筒井康隆さんといった<全日本冷やし中華愛好会>の連中もやって来ます。もちろん飲み代は取ってください」  山下トリオが1972年の福岡公演終了後、宿泊先のホテルの部屋で打ち上げをやっていると九州の変な男=タモリさんが乱入。一緒になって踊り狂ったという。ドンチャン騒ぎが終わり、窓の外が白み始めたころに「ところであなたは何者ですか?」と聞いた。男は真顔に戻って「森田(一義)と申します」と答えたという。  山下さんが行きつけのバーの常連客の間で「タモリを見たい」という機運が高まり、噂を聞き付けた漫画家の故・赤塚不二夫さんもタモリさんをいたく気に入り、上京させてシモキタ・ロフトに立たせることになった。  何とも不思議なステージは、午後11時30分にスタートした。この日たまたま飲みに来た人は、タモリさんのデタラメ言語<ハナモゲラ語>など抱腹絶倒の芸を見られてラッキーとしか言いようがない。国民的スターとなったタモリさんのデビューがシモキタ・ロフトだったことは、とても名誉なことだと思っている。 (平野悠/「ロフト」創業者)

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