ダメなプレゼンは「スペック、他社との違いだけ」を語る。では、いいプレゼンは?
コンセプトとは何か、PRとはどんな仕事か――。ベストセラー『コンセプトの教科書』の著者で、株式会社TBWA\HAKUHODOチーフ・クリエイティブ・オフィサーの細田高広氏が、博報堂執行役員で、博報堂ケトル取締役の嶋浩一郎氏と対談を行った。嶋氏は、最新刊『「あたりまえ」のつくり方 ビジネスパーソンのための新しいPRの教科書』(NewsPicksパブリッシング)を2024年9月に上梓したばかり。博報堂の先輩・後輩という関係の2人が、たっぷり2時間超、広告・PRの仕事について語り合った。最終回となる第6回では、マーケティングの視点ではなく社会視点を持つ重要性や、どうすれば社会視点を手にできるのかを考察していく。(第6回/全6回)(進行/NewsPicksパブリッシング・中島洋一、ダイヤモンド社・宮崎桃子 構成/水沢環) 【この記事の画像を見る】 ――細田さんは『コンセプトの教科書』の中で、良いコンセプトの条件として「体温が上がる言葉か」という点も挙げられています。 細田高広(以下、細田):そうですね。「これは世の中のためになる」「これは誰かを幸せにする」みたいな実感は、AIに聞いてもわからない判断だと思うんです。人間にしか持っていないセンサーがある。そこは絶対に大事にすべきだと思います。 今、住友商事さんと白洋舍さんとTBWA\HAKUHODOで「洗濯のアライさん」というサービスを始めているんです。ひと言で言えば「洗濯代行サービス」で、たとえば土曜日の朝にLINEで「洗濯したいです」と言うと集荷に来てくれて、その日の夜までに完璧に洗濯して畳んで返してくれる、というもの。このサービスを広めたいモチベーションのひとつは「洗濯日和って、最高の行楽日和でもあるじゃないか」という考えだったんですよ。 家族で過ごせる休日に、朝から青空が広がっているとする。そんなときに「布団もなんでも洗濯できるな」と思って「洗濯日和」の1日にするか、すこしお金はかかるかもしれないけど洗濯はプロに任せて「家族で動物園に行こう!」って「行楽日和」の1日にするか。どっちが豊かかと言ったら、たぶん後者なのではないかと。 ――たしかに、家族の思い出に残る1日になりそうですね。 細田:「洗濯代行サービス」と説明するほうが端的ですが、味気ない。「洗濯日和はお出かけ日和です」「お出かけしたいときに使ってください」と言うと、なんか意義を感じるじゃないですか。それが「体温が上がる」コンセプトだと思うんです。 良い仕組みかどうかということとは別に、ひょっとしたら世の中を良くするかも、という手応えが感じられるかどうか。コミュニケーション業界に身を置く上では、どこかでそういう肌感覚は持っておかないといけないんじゃないかと思いますね。 嶋浩一郎(以下、嶋):それってまさに、「市場の視点」で語らずに、「社会の視点」で語る例だね。企業って「うちはこういうサービスですよ」と「市場における私の役割」を語りがちなんですよ。でも、僕の本でも紹介しているように、新しい商品やサービスを世の中に浸透させていくPRの技術においては、「社会の視点」で語ることがすごく重要なんです。そうすれば、味方を増やすことができて、社会における価値を高められるから。 たとえば、「うちはこんな便利なSaaSサービスを提供している企業です」と市場の中の視点で語るだけだと、ソフトウェアの購入を検討する人以外には関係のない話に思えますよね。 でも、「うちは働き方改革を進めるための会社なんです」と、社会の中でどんな役割を果たしているのかという視点で語れたら、応援したくなる人が増える。生活者も「良い会社だね」と思うし、「投資しよう!」と思う人が現れるかもしれないし、「そのアイデア乗った!」とコラボを申し出る企業が出てくるかもしれない。 実際に、会計ソフトをつくっているコンカーさんや、グループウェアなどを提供しているサイボウズさんなんかは、そんなふうに社会視点で会社を語って、世の中に受け入れられている好例だと思います。 細田さんチームの「洗濯のアライさん」もまさにそうだよね。「行楽日和を増やせるサービスです」と語っていたら、「旅行会社のうちと、ぜひコラボしましょう!」となるかもしれないし。 細田:たしかに、洗濯代行とペットホテルと旅行会社が組んだら、罪悪感なく旅行に行けたりするかもしれませんね。 嶋:そうそう、協業できる余白はいろいろ見つかると思う。 トヨタの豊田章男さんが「この指とまれ!」という呼びかけと共に、「トヨタは自動車製造業じゃなくて、モビリティサービスをつくる会社だ」と語っているのも、自分たち1社じゃできないけど、複数の会社でそういう世の中をつくっていこう、みたいなメッセージですよね。 そうやって企業と企業が共創していくことで、新しいビジネスの市場自体が生まれていったり、前回言ったZoomの例のように、企業とユーザーが共創して、まったく新しい使い方が生まれていくこともあるかもしれない。 ――とはいえ、今の新しい本の企画やサービスの立ち上げなどを見ていると、「市場の視点」だけで完結しているようなものが多いと感じます。どうしたら、そのような「社会の視点」も持てるようになるのでしょうか? 嶋:たしかに、市場における機能やスペックを語るのは上手だけど、「社会に何をもたらすか」「社会の中でどう役に立っているのか」と問われたら、「うーん」と考え込んじゃう人が多いのは日本の企業の課題なんですよ。お客さんへの説明は上手。 これには、視点の移動が必要なんですよ。ちょっと上から目線で世の中を見てみて自分の会社の役割を言語化する。 細田:シャイなんですよね、たぶん日本人は。いきなり「社会のために!」と語るのは照れくさいなと思っちゃう人が多い。 嶋:細田さんの本にあった「今までやってきたことは何のためにやってたんだっけ?」という問いに一度戻ってみよう、って話に近いかもしれないね。 細田:あぁ、ミッションの設計の部分ですね。ミッションとは、創業時から担い続ける社会的使命のことで、「これまでつくってきたものが手段だとしたら、本当の目的は何か?」 「そもそも何のために生まれたのか?」を問いかけることで見えてくる、と書きました。 嶋:その「どんな目的のためにこの商品を出しているんでしたっけ?」「今やっていることは何のための手段ですか?」という言葉がすごくわかりやすくて。その問いを思考してみるのは、「市場の視点」から一度自分を引き離して、「社会の中の私の役割」を考えるのにぴったりだと思います。 ――なるほど。ではここで改めて、今回のお二人の本は何のためにつくられたのかをぜひお伺いしたいです。 細田:僕は、「創造性の民主化」をやりたいなと思ってつくりました。 今あるモノをもうちょっと良くすることができる人はたくさんいるんだけど、まだここにないものを想像して、「こっちをやってみようよ」と構想できる人はなかなか少ない。だからといって、いきなり「みんなクリエイターになりましょう」と言うのも遠大すぎる。じゃあ、一般的なビジネスパーソンと創造性をかけ算できる部分ってなんだろう、と考えたときに「コンセプト」があるんじゃないかなと思ったんです。 嶋:僕は、「無駄」が溢れる世界にしたいなという思いがあるんです。だから本屋をやってるし、雑誌をつくってるんだけど。PRの根源思想は、「みんなが違ってあたりまえ」なんです。その前提に立って、「世の中が良くなるために、ここは握手できますよね」ってポイントを探していく活動。だから僕はPRが好きなんですよ。 博報堂もそうで、「粒ぞろいより、粒違い」の言葉通り、多様なバックグラウンドを持つ個性的な人たちが集まっているから好きなんです。みんな違ったほうが、よりクリエイティブなアイデアが生まれる、というのも本当にそうだと思うし。 もし多くの人が、「みんな違ってあたりまえ」のPRの技術で世の中を捉えていくようになったら、無駄が大量にあることがおかしくない社会になるんじゃないかなと思っていたりします。そのために書いた本ですね。 こうやって「なんのために?」と「手段」をふり返って言い直してみると、この本を書いた意味がわかったような、新しく捉え直したような気がしていいね。 細田:そうですね。改めて、嶋さんの本はPRの本というより、ビジネスパーソンみんなの一般教養だと思いましたね。「PRは、PRのセクションがやればいいでしょ」って思ってる人にこそ読んでほしい。 それで、「社会視点」でサービスをつくってほしいですね。「市場」の中だけで見ていくと、あんまりおもしろいモノにならないから。 嶋:たしかに、「ここ競合いません!」「誰もいないからそこで商品開発しようぜ」みたいなね。それで「その商品は何の役に立つの?」は全然説明できなかったりって本当に良くない。 細田さんの本も、「クリエイティブってクリエイターがやるんでしょ?」「センスないとだめなんでしょ?」と思っている、あなた!に読んでほしいですね。これを読めば、意外にみんなできるよってことが伝わると思うから。 もし、チームみんながこれを読んで、この思考プロセスで進めていけるようになったら、なんか会話が楽しくなる気がする。日本中みんなが読んだら、相当楽しい世の中になるんじゃないかな。 細田:もう2冊とも会社の福利厚生で配ってほしいくらいですね(笑)。 ――ぜひそんな企業が出てきてほしいですね。今日はお二人ともありがとうございました!
細田高広