「コントレイルを育てた開成卒調教師」矢作芳人が歩む道〈2021年 日本を動かす21人〉――文藝春秋特選記事【全文公開】
「文藝春秋」1月号(2020年12月10日発売)の特選記事「矢作芳人――コントレイルを育てた開成卒調教師」を公開します。 ◆ 2020年の競馬界はスターホースの登場に沸いた。三冠馬コントレイルだ。無敗で臨んだジャパンカップで歴戦の古馬アーモンドアイの2着と初黒星を喫したが、2021年の飛躍を予感させる力を示した。管理する矢作芳人調教師(59)は、11月末時点で全調教師のうち勝利数トップ、厩舎の管理馬の獲得賞金は19億円超。全国屈指の進学校・開成高校出身という異色の経歴を持つが、自身を「コントレイルのようなエリートではなかった」と語る。 ◆ ◆ ◆ ジャパンカップを終え、多くの方から「いいレースだった」と声をかけていただきました。感動を与えられたことは光栄ですが、調教師としては負けて「悔しい」の一言です。これで引退するアーモンドアイと二度と戦えないのが悔しい。今はこの悔しさをエネルギーに変えて、次戦で勝つことだけを見据えています。 コントレイルを人間に例えると、学校で何をやらせても一番で、運動神経抜群の優等生です。競馬でよく走る馬というのは気性の荒い馬が多く、扱いに苦労することもあるのですが、コントレイルは扱いやすいし走るしで言うことがありません。 僕自身も、小学校を出るまでは周囲に同じように言われていました。将来は東大文Ⅰから法学部を出て、弁護士か政治の世界に進もうと思い描いていました。父親は大井競馬の調教師でしたが、今より競馬に対する世間の目が厳しく、ましてや地方競馬はどん底の時代。親は僕を競馬の世界からできるだけ引き離そうとしていました。 ところが、僕は開成中学に入ると劣等生になってしまった。中高と勉強そっちのけでテニス部に没頭し、さらに劣等生仲間から、麻雀、競輪、そして競馬を教わったのです。 昭和52年の有馬記念、高校2年生の僕は開門前から並び、ゴール前に一日中張り付いてテンポイントの勝利を写真に収めました。高校を卒業する頃には、大学進学せずに調教師になると心を決めていました。
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矢作 芳人/文藝春秋 2021年1月号