【安楽死と呼ぶ前に】自殺リスク高める恐れ、「安楽死」報道の危うさ
京都で筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者が医師に薬物を投与され死亡した嘱託殺人事件は、女性患者と医師は面識がなく、接点は匿名SNSだった。ネットを介して、死を望む人と死を手伝う人が出会い、自殺させる事件は何度も繰り返されている。京都ALS患者の事件は「安楽死」事件として議論されたが、起訴された「嘱託殺人罪」は刑法202条「自殺関与罪」の一つだ。ネット自殺対策の観点からこの事件をどう報道すればよかったのか。自殺対策に取り組むNPO代表は、逮捕された医師が「安楽死」を説くSNS投稿を克明に報じることは「自殺誘引情報」に該当しうると指摘する。「安楽死」報道は自殺対策の報道ガイドラインに抵触しかねない危うさをはらむ。(京都新聞 岡本晃明)
「病苦による自殺」1年で3千人 遅れる対策
京都の事件で逮捕、起訴された大久保愉一医師とみられるツイッターの匿名アカウントには「安楽死はじめました(時価)いくらなら払う?」「証拠の残らない安楽死方法を完成させつつあるのだが、これは売れるんだろうか」といった投稿が並ぶ。「尊厳死法とか安楽死法を通した方が財政は持ち直すと思うけど」とのつぶやきもあった。1万5千人超のフォロワーを抱え、一部では知られた存在だった。 大久保医師は別の医師と共謀して2019年11月、京都市のALS患者の女性=当時(51)=から依頼され薬物を注入し殺害したほか、スイスの自殺ほう助団体での安楽死を希望する20代女性難病患者の診断書を国立大学病院の医師と称して偽名で作成したとして、嘱託殺人と有印公文書偽造の罪で起訴されている。
京都のALS患者事件を取材していた昨年。ネット自殺問題を社会に突きつけた座間9人殺害事件の裁判員裁判が東京地裁立川支部で秋から始まった。「死にたい」「消えたい」などと自殺願望をネットに書き込んだことがきっかけで9人が神奈川県座間市で男に殺害された事件は、模倣した犯罪も生んだ。ネット自殺を考える手がかりを探して、座間事件の法廷へ向かった。 自殺は、心の病や借金など経済苦が要因だと思われがちだ。だが、身体の病に悩み、悲観して亡くなる人は多い。病のつらさは、障害認定区分の重さや重症度に必ずしも比例しない。自殺対策白書によると、2019年に自殺した人の動機別では、身体疾患が3119人を占める。がん告知で鬱病を発症したり、交通事故で身体障害を負って失業したりするケースなど、病気がきっかけで精神疾患や生活苦に陥るケースもあり、自殺の原因は複合的だ。そこを踏まえても毎年3千人以上もが亡くなる身体の「病苦による自殺」は、実態が知られず、対策も遅れている。