米中貿易戦争 日本経済への意外な「追い風」シナリオ
米国と中国の貿易摩擦が高まる中、国際通貨基金(IMF)が日本経済に関して行った意外な分析に第一生命経済研究所の藤代宏一主任エコノミストは注目する。藤代氏に寄稿してもらった。
IMFが示した4つのシナリオ
米中貿易戦争をめぐっては、その影響を懸念する声が圧倒的です。日本企業は中国に多くの工場・関連会社を有し、米国に輸出していますから、米国が中国製品に関税をかければ、そのルートが遮断される可能性があるからです。実際は生産・流通の過程で関税の影響が段階的に吸収されるため、最終ユーザー(主に家計)が直面する価格がダイレクトに上がる訳ではありませんが、それでも関税によって貿易が阻害される可能性が高そうです。 7月21日にIMFが発表した分析ペーパーによると、関税合戦が激化し、企業の投資マインドが萎縮すれば、設備投資が先送りされるなどの影響が深刻化し、世界経済の成長率は0.5%減速を余儀なくされるといいます。0.5%は小さな数値に見えるかも知れませんが、世界経済の成長率トレンドは4%弱なので、それなりにインパクトある数値です。
ただし、上記シナリオはIMFが示した4つのシナリオのうち、最も深刻なケースの数値です。IMFが示したシナリオは下記の4つで、それぞれのケースにおける景気への影響は表1のとおりです。 現状はシナリオ2の段階にあり、中国の対米輸出のうち約半分が関税の対象になっていますが、下押し効果は0.1%とさほど大きくありません。シナリオ3や4に発展すれば話は別ですが、現在のところ世界経済が深刻な影響を受ける可能性は低いと計算されています。
米中の関税引き上げで日本経済が成長する?
そして、この分析ペーパーには日本に限定したシナリオ分析があります。それをみるとシナリオ2の場合、米中の関税引き上げによって、日本経済の成長率が加速するという意外な結果が示されています。計算の詳細な前提は記載されていないので、何ともいえない部分がありますが、関税によって米国と中国の二国間貿易が減少する結果、それぞれの輸入元が日本へ切り替えられると分析しているようです。代替需要によって日本の輸出が伸びるというわけです。 さすがに自動車への関税が25%に引き上げられるシナリオ3ではマイナスの影響が大きくなりますが、9月末の財貿易に的を絞った日米2国間交渉において、その通商交渉中は自動車関税を引き上げないことで合意しましたので、シナリオ3到来の可能性は後退しました。シナリオ4に近い状況に発展する可能性は完全には否定できませんが、ここへ来て米国は北米自由貿易協定(NAFTA)交渉で合意するなど態度が軟化している節もあり、事態は良い方向へ向かっている印象です。 米中貿易戦争の影響を懸念する声は圧倒的ですが、計算の上では日本経済にプラスという意外な見方もあります。代替需要による輸出増加およびそれに伴う生産拠点の国内回帰が広がるか? こうした意外な波及ルートを注目したいところです。
---------------------- ※本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。