トランプ、失業者へ大盤振る舞い 7割が有職時以上の収入
【経済着眼】7月末期限、継続求める民主、改変を模索の共和
米国の財政赤字は、2019/2020 年度(2019年10月~2020年9月)の最初の9か月で2.7兆ドルに達した。 コロナ対策としての所得補償などの膨大な財政支出と税収の落ち込みのせいで歳入が13%減、歳出が49%増となったためである。議会予算局の見通しでは本年度の財政赤字は、3.7兆ドル(約400兆円)とGDP比でみて第二次大戦後の最高水準を記録するのは間違いない。 6月単月だけの財政赤字は8640億ドルとわずか1か月で前年度トータルの赤字(9840億ドル)に迫る水準となっている。財政支出が1.1兆ドルに達しているが、このうち、ほぼ半分が事業の継続と雇用の維持に向けて中小企業向けの緊急融資に充てられている。 そのほかでは失業手当も1160億ドルと前年同期の20億ドルの60倍となっている。一方、6月の財政収入は2410億ドルと28%減少したが、これには法人税、個人所得税の支払いを7月15日まで猶予した影響もある。 上記の年度見通しの3.7兆ドル自体も巨額であるが、7月以降、民主党がさらに3兆ドルの追加経済対策、共和党でも1兆ドル規模の追加措置を提案しているため、財政赤字はさらに膨らむことになりそうだ。 民主党と政府・共和党との間では、今月末が期限となっている失業手当の週600ドル加算となる特例措置を継続するか否かが焦点となっている。 民主党やエコノミストの多くは失業手当の週600ドル加算は所得補償として不可欠と論じている。もっとも、コロナ危機前の労働者の平均週給は981ドル、飲食業やレジャー、接客業で434ドルに過ぎない。 通常の失業手当に600ドルを加算すれば週1000~1600ドル、月収で言えば優に5000ドルと邦貨換算で50万円を超えることになる。シカゴ大学の調査によれば失業者の68%が働いている時に得ていた収入を上回り、月収が倍増となる層も少なくない。 1800万人をこえる失業者であるので6月だけで週600ドルの加算はそれだけで500~600億ドル程度の巨額の財政支出になる。 民主党は週600ドルの失業給付の特例延長を含めて3兆ドルの追加対策を要求している。一方で政府支持者のうち新型コロナの感染拡大を防ぐ経済対策に賛成するのは民主党支持者の90%であるのに対して「自助努力」をモットーとしている共和党はもともと54%しかいない(ピーターソン研究所調べ)。 ロックダウンが解除されて経済活動が再開されると、共和党では大型経済対策への反対が強まっている。 共和党議員の多くは、失業手当の週600ドル加算についても「働くよりも家にとどまっていた方が多くの収入になるのでは働くインセンティブがわかない」と辛らつに批判している。 また政治的にみても共和党の反対には、「このまま延長を認めれば民主党のバイデン大統領候補に有利となる」ことも大きく作用している。 共和党は、600ドルの追加の代わりに前回、年収75000ドル以下で一律1000~1200ドルの小切手を支払ったのをたとえば年収4万ドル以下に引き下げる方法や最も打撃を受けた産業に限定した資金供与などを好んでいる。 もし、財政赤字の拡大を恐れて、家計、企業向けの時限措置を打ち切れば、いわゆる「財政の崖(fiscal cliff)」を作って景気が一挙に失速しかねないと共和党といえどもみている。また、財政赤字を削減することに対する政治的なサポートは歴史的にも最低であるといってよい。 民主党や多くのエコノミストは、「コロナ危機においては、政府が家計や企業を支えることが最も重要である。金利水準が低いこともあり、赤字に悩むのは後回しでよい」と主張している。 確かに10年物国債の利回りは1年前の約2%から0.6%程度に大幅に下落している。ちなみに2019年10月以来9か月間における利払い費用は、連邦政府債務の急増にもかかわらず、上記の金利低下のおかげで前年同期比11%も減少している。 議会予算局では年末の失業率が10.5%とコロナ危機前の3.5%から急伸、第4四半期の実質GDPは前年比5.9%のマイナスとなると見通している。4月を底に5、6月と経済は持ち直しの兆候を見せた。失業手当の受給者数は1810万人と4月18日以来最低となった。企業の雇用者数が5,6月と750万人増加したためだ。 しかし、経済を優先してロックダウンを解除した結果、全米の感染者数はテキサス、フロリダ、アリゾナなどの南部を中心に、毎日7万人を越える既往ピークを更新している。飲食店や劇場などを再び封鎖する動きが目立っている。 こうした中で、連邦政府の財政支援には所得補償の継続やコロナ対策で疲弊している地方自治体支援を拡大すべきだ、と歴代FRB議長のバーナンキ、イエレンすら財政刺激策を支持している。米国の財政赤字はしばらく高水準を続けることになろう。
俵 一郎 (国際金融専門家)