578年続く宮司の日課「君の名は。」聖地に世界が注目する理由 「戦車が走っていた」諏訪湖の異変
日本地図を見ると、日本列島の真ん中にぽっかりと穴が開いている。これが信州最大の湖、諏訪湖。映画「君の名は。」の聖地の一つで、結氷した氷が山脈状に盛り上がる「御神渡り(おみわたり)」で知られている。今季の諏訪湖はすでに全面結氷し、3年ぶりの御神渡りの出現へ地元の期待は高まるばかり。ただ、熱いまなざしを向けるのは地元民だけではない。気候変動を究める世界の学者がこの湖に熱い目を注いでいる。(長野日報・野村知秀) 【画像】「ゴゴゴゴゴォー」湖の氷がせり上がる…神がかりな「御神渡り」の写真 大正時代は人の背丈に!
これぞ神の力?轟音とともにせり上がる
御神渡りの名前の由来は「神様が渡った跡」との伝承からだ。 肌を刺すような冷気漂う未明から夜明け前にかけて「ゴゴゴゴゴォー」という轟音(ごうおん)とともに氷が割れ、せり上がる。夜が明けて湖上を見ると、そそり立つ氷の山脈。とても人間の所業とは思えない現象を昔の人々は、「これは神の力に違いない」と考えた。 御神渡りの認定は、諏訪市にある八剱神社によって行われる。 宮坂清宮司(70)と氏子総代たちは小寒の1月5日から毎朝欠かさず諏訪湖を訪れ、観察を続けている。その様子をメディア各社が毎朝追いかけ、結氷面の広がりや氷の厚さに一喜一憂する。 2021年1月半ばの強烈寒波で諏訪湖は一気に凍り、13日に宮坂宮司は「全面結氷」を認定した。凍りついた諏訪湖を見ながら、「やった。やってくれました」。昭和、平成、令和の御神渡りを見てきた宮坂宮司は、3年ぶりの全面結氷を無邪気に喜んだ。 全面結氷後、零下10度を下回る日が3日ほど続くと氷はせり上がる。
世界がうなる観察記録、なんと578年
世界の学者が関心を寄せているのは神社の歴代の宮司、総代たちが書き残した結氷、御神渡り出現の記録。その歴史は室町時代にまでさかのぼる。 室町時代の1443(嘉吉3)年から578年のデータが途切れることなく続いている。御神渡りができなかった年も「明けの海」として記録してきたため、凍った年、凍らなかった年が分かる。かつては時の幕府に報告され、今は宮内庁と気象庁に結果が伝わる。 日本気象学の草分けで「お天気博士」と親しまれた気象学者の藤原咲平(1884~1950)は、御神渡りの観察データを「世界に比類なき貴重文書」と高く評価した。近代的な観測が始まる前の気候については国内はおろか、世界でもあまり手掛かりがないためだ。 米国ウィスコンシン大学のジョン・マグヌソン名誉教授は宮坂宮司と情報交換しながら御神渡りのデータと気候変動について研究している。英国の権威ある科学雑誌「ネイチャー」をはじめ学術誌などでも紹介された。世界屈指の大手通信社、ロイターも特集を組んだ。「LakeSuwa」「omiwatari」は世界を駆け巡る。 「八剱神社の宮司たるもの御神渡りのすべてを知っていなければ」と宮坂宮司は古文書読解のスキルを身に付けた。 2020年にはオランダやカナダの研究者も宮坂宮司に話を聞こうと諏訪にやって来た。578年の記録を読み込んだ宮坂宮司は、いわば生き字引。世界中から研究者やメディアが足を運んでいる。