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政府の「携帯料金値下げ」は何が問題か 競争を削ぐ“その場しのぎ”の先にあるもの

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ITmedia NEWS

 菅内閣は、改革の一つに「携帯電話料金の値下げ」を挙げている。菅義偉氏の、ある種の悲願といえる政策だが、遡(さかのぼ)ってみれば、自民党は10年間ずっとこの話を繰り返しており、「自民党という政党が国民から支持を得るための一つの武器」になっている点は否(いな)めない。 菅内閣総理大臣記者会見より  筆者を含め多くのIT・通信業界関係者は、政府による「携帯電話料金値下げ論」に異議を唱え続けている。どうにも問題が多い、と思うからだ。  だが、それが本当に「多くの人に伝わっているのか」というと、そうでないように思う。  「携帯電話料金が下がることは良いこと。なぜ専門記者は皆、そこに反対するのか。業界側の肩を持ちすぎではないか」  そんなふうにいわれることもあるし、友人のライターがSNSで「あなたは抵抗勢力なのか」といわれるのも目にしている。  いや、そうではないのだ。  個人としては、携帯電話料金が下がるのはありがたい。筆者も仕事柄複数のキャリアと契約しているので、出費は毎月4万円を超える。これでも業界内では少ない方だ。これが下がるならどれだけありがたいことか。  だが、それでも「政府による値下げ圧力」には反対の立場をとる。なぜそう考えるかを、あらためてちゃんと解説しておきたい。

政府が「値下げせよ」ということそのものが問題だ

 反対する理由は多数ある。だが、なによりの基本であり、最大の理由は「それは政府が強制力を持って行うことではない」という原則だ。全ての歪(ひず)みはここにある、と言っても過言ではない。  この国は(いろいろ言われているが)資本主義国家である。価格は統制ではなく、市場による競争によって定まる。この原則からいえば、「国民が高いと思っているから、携帯電話料金を安くしろ」と事業者に直接働きかけるのは間違っている、と筆者は思う。  政府がすべきなのは、「公正かつ円滑に行われる競争の阻害要因を取り去る」ことだ。そして、その結果として価格が下がっていくことを期待するのが、あるべき姿といえる。  携帯電話事業は、一つの本質として「事業者が完全に対等に競争できる」状況になりづらい。電波という資源を国から借り、さらには巨大なインフラ投資が必須である以上、組織・資本が大きな企業体ほど有利になるのは否(いな)めないし、先にシェアをとった事業者ほど有利な地位を確保しやすい。もともと電話回線・通信回線が「電電公社」という国営事業であったのも、その公共性と必要な投資のバランスが重要だったからだ。  その後、市場拡大によって「安定した顧客基盤をもつ携帯電話事業」は大きな収益が長期的に見込めるものになった。だからこそ、市場から資金を調達した上で大規模なインフラ整備をしても元が取れる。それができる企業同士がぶつかり合うのが、今の一つの姿である。  それでも、大規模な通信企業が1つの国に10も20も生まれることはありえない。いわゆる先進主要国の場合、3つないしは4つに集約する場合が多い。寡占市場はある水準で安定してしまうもので、競争は永遠には続かない。  そこで通信事業の場合には、「インフラを持てない企業であっても、インフラを借りることで事業を行う」ビジネスモデルが生まれる。携帯電話における「MVNO」はこれに相当する。規模は主要事業者(MNO)ほど大きくなれないが、顧客やサービス内容を限定し、小回りの利く形のサービスを設計することで、大手とは違う料金体系・サービス体系を提示し、競争力を発揮する。そこで競争が生まれ、価格の低下やサービスバリエーションが生まれるのが本来の姿だ。

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