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鎌倉時代から続く“丁稚奉公制度”を壊した「書店ストライキ」は時代の転機だった

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文春オンライン

「われわれは成年店員に引きずられて……」

 3月16日、岩波店主は「店員諸君に告ぐ」という文書を出した。「今回突然不祥事が起こりましたにつきましては、私は自己の責任上甚だ遺憾に堪えません」と述べ「丁稚制度の廃止」を筆頭にした給料制度の改正、勤務・手当及び賞与支給制度の改正などを表明した。 「岩波茂雄伝」には「17日、岩波の『私の誠意を認めて私と仕事を共にするの旨を本日午後2時半までに店主または堤支配人のもとまでお申し出なき方は、午後2時半限り、一応この店からお引き取りください』などと店員への辞によって事態はほぼ解決し」と書かれている。  3月18日付東京朝日朝刊には「岩波の小店員 あすから就業」という記事が。その中には、一連のストライキが小店員を中心に起こされたものと指摘していた「実業之世界」の記事を裏付ける記述がある。 「罷業店員中、20名の小店員は17日午後2時、成年店員に対して『われわれ小店員は、成年店員と全く立場を異にするのみならず、われわれは成年店員に引きずられて盲動的に事を共にした傾きがある。この際われわれは諸君と手を切り、全然別個の立場で店主に折衝することになったから、さよう承知ありたい』という旨の声明書を交付し、同午後3時、店主岩波茂雄氏と会見。『丁稚制度を月給制度に改めること、寄宿舎その他の設備を改めること』などの要求書を提出。岩波氏は即時これを容認したので、小店員一同はこぞって19日より仕事に就くことになった」

「小僧のストライキ」の幕引き

 同じ紙面には「巖松堂も解決 きょう店の前で解団式を」の記事も。 「神田巖松堂店員争議団代表は17日午後1時から巖松堂重役と最後の会見を遂げた結果、7時に至り、結局大体において店員の要求を入れた『一、小店員の意思を尊重するため、店員の委員を選んで交渉することを認める。一、賃金10円中5円を強制貯金していたのを廃して10円を与える。一、作業服、寝具を与え、食料は玄米を廃して白米に改める』などを認めたので、一切の解決を見、18日午前10時、同店前にて解団式を行うこととなった」  3月21日付東京朝日夕刊に「岩波の争議 全く解決」の見出しで記事が出ている。 「岩波書店の争議のうち、小店員30名は去る17日から仕事を始めているが、20日午前9時、その他の店員25名も店主側の対案を入れて21日から従業することになり、争議は全く解決した。店主の案は次の通りである。一、店員の初任給制度制定。二、時間外勤務に手当支給。三、寄宿舎その他衛生設備の改善。四、娯楽的会合を年2回以上催す」。これが「小僧のストライキ」の幕引きだったようだ。 「物語岩波書店百年史」が引用する実業之世界の記事によれば、20日に争議団が休戦を申し入れ、支配人は自宅待機を命令。出勤の連絡で22日に出社したところ、ストライキの主謀者5人の解雇が言い渡されたという。争議団から「小僧」たちを引きはがして分断。ストライキの中心人物を解雇するという巧妙な戦術。誰かの知恵が働いたのは確かなようだ。  岩波書店の「正史」である「岩波書店 八十年」は事件のことを短く説明している。「全く未経験かつ予期せぬ事件であったため、意見の一致に手間取り、解決が遅れた」

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