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《ブラジル》「でも、ブラジルは良い国です!!!」=サンパウロ難民移民座談会=大浦智子=<第9回> 米国、スペイン語圏よりここ!

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ニッケイ新聞

――ジャンさんは公用語がフランス語のコンゴ民主共和国出身ですが、旧宗主国のベルギーやフランスなど、フランス語が通じるヨーロッパへ行きたくありませんでしたか? その様な国にどの様な印象を持っていますか? 【ジャン】ポルトガル語は適切に話せないので、ヨーロッパのフランス語圏に行きたかったです。しかし、それは叶いませんでした。  ブラジルではポルトガル語を正しく話せないということで、仕事を与えられません。ブラジルは難民や移民に言い訳をしているかのようです。  ヨーロッパで私は何を見るでしょうか? 過去のヨーロッパには存在しなかった配慮にも注目してみてください。世界は進化しています。人種差別や偏見に反対する人がいます。応援してくれる人もいます。共感してくれる人がいます。

 私たちはフィットできる場所にはできるし、できない場所にはできません。サッカーワールドカップでフランスチームの80%がヨーロッパ人でないことを見ました。これは他のチームに反響します。ヨーロッパは既に変わり始めています。人種差別のゆりかごでしたが、あらゆることが開放されてきています。フェミニズム、黒人であること、宗教的、民族的、人種的偏見との闘いからの解放。これが私のヨーロッパに対する視点です。 ――カルロスさんは家族が米国にいますね? 米国に移住しようと思いませんでしたか? また他のスペイン語圏に移住しようと思いませんでしたか? 【カルロス】米国には兄がいます。彼は既に米国の市民権を得ています。私は2007年に1年弱住んでいましたが、あまり好きになれませんでした。「米国は好きじゃないの?」と聞かれれば、「好きではない」と答えます。

 私はその社会システムが好きではありませんでした。当時の私はまだ若かったですが、人々が仕事のためだけに生きていることに気づきました。彼らは人生のために働いていませんでした。彼らは機械のように働いていました。朝早くに目を覚まし、スクールバスが到着し、子供たちを学校に送り、仕事に出かけ、戻ってきて昼食をとり、夜まで仕事に戻りました。生活はそのパターンでした。これは私が見たことで、そのような生き方を望みませんでした。  人々はお互いを知りません。「おはようございます!」と言うと、彼らは私が変わった動物のように見ました。彼らは怖がり、知らない人から声をかけられると警察へ連絡します。自分の世界にこもり、お互いに近づきません。これが正常なのかどうかも分かりませんでした。

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