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三浦春馬さんは日記に「死にたい」と捜査関係者 堀越学園同級生保護者は「自殺するような子じゃなかった」

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文春オンライン

《三浦春馬さん追悼》恩人が明かす“天才子役時代”とその後の苦悩「役に入りすぎて不安定になることも」 から続く 【画像】亡くなった三浦春馬さんが見つかった自宅マンション  7月18日に亡くなった俳優の三浦春馬さん(享年30)。所属事務所のアミューズは公式サイトでこう発表した。 《弊社所属の三浦春馬が、2020年7月18日に亡くなりました。ファンの皆さま関係者の皆様におかれましては、ご心配、ご迷惑をお掛けしておりますが、詳細に関しましては、現在確認中であり、改めてご報告させていただきますので、何卒ご了承の程 宜しくお願い申し上げます 株式会社アミューズ》  三浦さんは東京・港区にある自宅のクローゼットで首を吊った状態で見つかり、その後、搬送先の病院で死亡が確認された。捜査関係者によると、「自宅からは『死にたい』と書かれた日記が見つかっている。自殺とみて捜査を進めている」という。

「サッカーボールを蹴って走り回っていた」幼少期

 三浦さんは茨城・土浦市で生まれ育ち、4歳の頃から地元の児童劇団「アクターズスタジオつくば校」に通った。「土浦のスターで地元の誇りなんです」と地元の近隣住民が三浦さんの幼少期を振り返る。 「春馬君が小学生の頃、ご自宅の前でサッカーボールを蹴って走り回っていた無邪気な姿は今でも覚えています。でも高校生になると同時に、芸能の仕事をするために春馬君だけ単身で東京に引っ越していました。お母さんは忙しい春馬君の身の回りの世話をするために、ほぼ毎週東京に通っていましたよ。  春馬君が上京してからはお会いする機会も減ってしまい、最後に見かけたのは7、8年前くらいのお正月です。その時はもうすでにかなり売れっ子の役者さんでしたが、昔と変わることなく、気取ってない感じで『お久しぶりです』としっかり挨拶をしてくれました。こんなにいい子がなんで……。本当に残念でなりません」

堀越学園の担任と交わした約束「なんとか卒業しようね」

 三浦さんは1997年にNHK連続テレビ小説「あぐり」に子役として出演し芸能界デビュー。2007年に公開された映画『恋空』で主演を務め、17歳で「第31回日本アカデミー賞・新人俳優賞」を受賞したことがブレイクポイントになり、その後は急激に活躍の場が広がっていった。  その時期の三浦さんを支えていたのが、堀越高校で3年間三浦さんの担任を務めた恩師・熊沢敬一郎氏だ。数多くの芸能人を輩出している堀越学園で、山瀬まみ、市川海老蔵、尾上松也、中村七之助ら、数多くの有名芸能人を輩出したクラスを受け持ってきた。 「同僚から聞いて、ただただびっくりしています。真面目で実直でとてもいい子でした。私は彼のクラス担任を3年間通して受け持ちました。入学から卒業までというのは彼の代だけだったので、自分のなかでもとても印象深い生徒です。  春馬君が1年生のときは、まだそれほど仕事は多くなかったんです。ですが3年生になると仕事が増えてきて、どんどんメジャーになっていきました。でもそのうち忙しくなり過ぎてしまって、出席日数が足りなくなってしまった。春馬君とは『なんとか卒業しようね』と話したことを覚えています。彼も、忙しくても補習をしっかり受けて、卒業のために二人三脚で頑張ったんですよ。クラスのなかでも、一番の売れっ子になってくれていたのに……」

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