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朝ドラ『エール』モデル・古関裕而が、「紺碧の空」を作曲した理由「新人だから過去はないけど未来がある」

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婦人公論.jp

NHK連続テレビ小説『エール』で、窪田正孝さんが演じる主人公・古山裕一のモデルは、名作曲家・古関裕而だ。今週は、出世作となった早稲田大学の応援歌「紺碧の空」を作曲するため苦悩する様子が描かれ、話題となった。『エール』の風俗考証をつとめ、遺族にも取材している刑部芳則さん(日本大学准教授)によると、古関がコロムビアに就職できたのには、山田耕筰(ドラマでは志村けんさんが演じる)の影響があったようでーー 【写真】「紺碧の空」吹込記念に、早稲田の学生たちと ※本稿は、評伝『古関裕而 流行作曲家と激動の昭和』(刑部芳則・著/中公新書)の一部を、再編集したものです * * * * * * * ◆コロムビアの専属作曲家になるため上京 昭和5年5月に古関は川俣銀行を退社した。イギリスへの渡航を予定していたからだが、それは夢に終わった。となれば、金子との新婚生活を支えるため、新たな就職先をみつけなければならない。 そこで古関は、譜面をビクターに送ったという。ところが、「まあせいぜい勉強しなさい」と断られた。 その次にコロムビアに送ると、文芸部長・米山正(作曲家・米山正夫の父)がコロムビアの顧問で専属作曲家である山田耕筰に相談した。山田は古関のことを文通で知っていたため、「これは見込みがある」と答えた。 クラシック界の大家である山田の推薦は大きかった。昭和5年の夏、コロムビアの仙台支店の社員が、米山からの手紙を届けに来た。手紙には「話したいからすぐに上京されたし」と書かれていた。 古関夫妻は9月に上京し、阿佐ヶ谷に住む金子の姉富子の家に部屋を借りた。そして10月にコロムビアに行くと、米山から「専属になってくれ」といわれ、その場で契約している。

◆山田耕筰との文通 前ページに「山田は古関のことを文通で知っていた」と書いたが、ここで、山田耕筰と古関裕而の縁について振り返っておきたい。 昭和3年、古関は、伯父から誘われ、川俣銀行に就職する。銀行は福島から東に約20キロ離れた福島県川俣町にあった。羽二重の産地であり、平日は遠くから糸を織る織機の音が聞こえてきた。銀行の職員は4、5人で、週に一度の生糸の市が立つ日を除けば、のんびりとしていたようだ。 仕事の手がすくと、大きな帳簿の間にはさんだ五線紙を取り出し、北原白秋や三木露風の詩集から好きな詩を選んで作曲をしていた。休日は、伯父の家の向かいにある小高い丘に登って作曲するなど、銀行員生活でも音楽が消えることはなかった。 こうした生活を続けるなか、古関は一大決心をする。彼が尊敬する山田耕筰に手紙を送ったのである。手紙には、今まで作ってきたなかから、詩に曲をつけたもの、曲だけのものなど楽譜数点が同封されていた。 しばらくすると、山田から返信が届いた。手紙には「がんばりなさい」と書かれていた。その後、古関と山田との文通は数回におよび、そのたびに励ましの言葉をもらった。 憧れの師である山田からの言葉はとても嬉しかったようだ。古関は「私は本当に励まされた。やがてこれらの手紙が、私の人生に大きな転換をもたらすことになるのであった」と回顧している。 事実、コロムビア就職の際には、山田の後押しが大きな影響を与えたのである。

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