「推し」の健康、考えていますか? 振付演出家の竹中夏海が語るアイドルの労働問題
アイドルの置かれた環境に「1人で怒っていた時代」
―先ほどのお話で「未来の話が書けなかった」とおっしゃっていました。アイドルの労働環境が気にかかるようになったきっかけがあったんでしょうか。 竹中:2010年代は基本、私ずっと1人で怒っていて。本当に1人だったんです。業界の外には「おかしいよ」って言ってくれる方々は当時からいらっしゃったけれど、アイドル業界のなかで怒っているのは私一人だった。 公開ダイエット企画だったり、まったくトレーニングをせずにいきなり100キロ走らせる企画で足を壊して引退してしまった子がいたりとか、本当に信じられないと思っていた。もっと怒っていいことだと。それなのに「そういうこともあるか」みたいな感じで、逆にいうと面白がるようなムードさえあった。本気で怒っていると「まあまあまあ」って茶化される。 ―わかります。「エンタメだからさ」っていわれてしまう。 竹中:そう。「これくらいできなきゃ芸能界なんてね」って言うから、「じゃあその芸能界変えていこうよ!」っていうふうに思っていたんですけど。 私は2009年からアイドルの振り付けを始めて、2010年代後半になってやっと仲間ができはじめたんですね。それは誰かっていうと、アイドルの子たちがこちら側に来てくれるようになった。教え子たちがアイドルを卒業して、ボイストレーナーやヨガの先生になった。アイドルの当事者だった目線から、例えば「ライブ後のクールダウンをまったくさせてもらえない状態でいきなり特典会はありえない」とか。私はずっとそばで見てきて、ずっと思っていたけれど、「やっぱりそうだよね」っていうふうになってきた。
医師ら専門家と、困っているアイドルをつなぐ場所を
―竹中さんは著書での発信だけではなくて、アイドル専用ジム「iウェルネス」を立ち上げられたり、実際に講師としても参加されていたりしていらっしゃいますね。それはどういった経緯で立ち上げられたのでしょうか。 竹中:『アイドル保健体育』を書いているときに、いろんな専門家の方に話を伺いました。生理など婦人科系の話なら婦人科の医師、摂食障害は臨床心理士の先生、ウォーミングアップ、クールダウンの必要性についてはスポーツトレーナーの方に。そのときに、それぞれ専門家は存在して、実際に困っている子たちもいるんだけど、それをつなげてくれる場所や人がいないという話が共通してあった。 この本を書いて問題提起だけで終わっちゃうのはいやだと、何か行動を起こしたいと思った。技術を教えると学校みたいになっちゃうので、そうではなくて自分の体や心と向き合う場所――「ウェルネスジム」をつくることで、そこで不調を訴えてくれたら私のかかりつけ医を紹介することもできる。そういう場所をつくらないとなって思ったのがきっかけですね。 ―ジムで講師として、竹中さんはどんなことを教えていらっしゃるんですか? 竹中:ウォーミングアップやクールダウンの正しい方法を教えていますね。それはレッスン前にはできても、ライブ前は楽屋が狭くてウォーミングアップ・クールダウンを十分にできる時間も場所もないということもあるから、せめて最低限抑えるべきところや、家帰ってからでもいいから寝る前にリセットしてから寝ようね、ということだったり。あとはダンスの実践的なことを教えたりとかっていうことはしてます。 ―そういった竹中さんの活動や発信が広がっている印象を、私は見ていて感じていますが、実際に「1人で怒っていた」時期から変化はありましたか。 竹中:1人で怒っていたときよりは、劇的に良くはなってるのかな。私の周りは。先日の都知事選挙のときも思ったんですが、結局私の見えている世界って、私の見たい社会なんだな っていうのはすごい実感するから……。 でも、まだまだ問題は山積みですが、社会全体がマシになってきてはいるじゃないですか。さっき触れたような、2010年代の何もトレーニングさせずに100キロマラソンを走らせて面白がる企画なんかは、いまはさすがにできないと思う。社会がそうさせないっていうところが、抑止力になってるかなとは思いますね。