横浜流星主演「正体」は本年度日本アカデミー賞最有力作 藤井道人監督作としての“確変”を起こせるか?【コラム/細野真宏の試写室日記】
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。 また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。 更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑) 今週末2024年11月29日(金)から「正体」が公開されました。 この作品は藤井道人監督がメガホンを取っているので作品のクオリティーについては心配していませんでした。 実際に見てみても主演の横浜流星の演技が光る力作だと思いました。 そして現在は、今年1年を振り返るような時期ですが、この1年を通しても本作が最も熱量を感じる力作のように思います。 そのため、本作が本年度の日本アカデミー賞の最有力候補作と言っても過言ではないでしょう。 では、本作の興行収入はどのくらい見込めるのでしょうか? 個人的に興味深いのが、藤井道人監督作品は、作品のクオリティーと興行収入が上手く連動していない、という面があります。 そもそも藤井道人監督が広く脚光を浴びるようになったのは、2019年の「新聞記者」からです。 当時の安倍政権を批判するような“企画もの”的な特殊な作品でしたが、日本アカデミー賞で最優秀作品賞、最優秀主演男優賞、最優秀主演女優賞に輝き、その効果も相まって、興収6億円まで到達しました。 次にリリースされたのが「宇宙でいちばんあかるい屋根」(2020年)と「ヤクザと家族 The Family」(2021年)。特に後者の「ヤクザと家族 The Family」は良く出来ていましたが、興収4億9900万円となっています。 そんな中、文句なしの名作だった恋愛映画「余命10年」(2022年)が公開され、興収30億円の大ヒットを記録しました。 次に発表したのは、本作同様に横浜流星主演の「ヴィレッジ」(2023年)。個人的には内容に面白味が欠けていると感じていたので、厳しい結果になったのは頷けます。 そして注目すべきは「最後まで行く」(2023年)です。 それまでの藤井道人監督作品における配給会社は、「余命10年」はワーナー・ブラザースでしたが、それ以外では配給会社の規模は小さめなケースが多く、興行収入では不利に働く面がありました。 そこで、初の最大手の東宝による配給になって、どこまで興行収入が伸びるのかに注目していました。 主演は岡田准一で、韓国で大ヒットした韓国映画の日本版リメイク作品なので注目度もそれなりにありました。 ところが蓋を開けてみると、かなり苦戦を強いられ、興行収入は何とか5億円を突破できたくらいで終わってしまったのです。 作品の出来自体は決して悪くはないので、ここで藤井道人監督作品の興行的な現実が露呈した印象があります。 次の「青春18×2 君へと続く道」(2024年)は、日本と台湾の合作映画でしたが、クオリティーの高い恋愛系の作品で、着実に口コミが広がって、興収6億5000万円を突破しました。 このように見ていくと、藤井道人監督作品は、基本的には良質なものが多いのですが、興収は10億円に達するほどの支持が得られていない現状があります。 ただし、恋愛系の作品については、伸びやすい傾向も見られます。 これらの要因として考えられるのは、「作風が真面目すぎて遊びがない」という面があるのかと思われます。 恋愛映画の場合には「作風が真面目すぎて遊びがない」というのはマイナス要素にはならないので、作品の出来と支持が一致しやすくなりヒットする素地があると言えそうです。 「正体」の配給会社は松竹です。この時期の松竹は日本アカデミー賞関連の作品でスマッシュヒットを起こす傾向もあって、まさに今年は本作がその流れに乗れるのか注目に値するのです! 本作は、凶悪な殺人事件で容疑者として逮捕され「死刑判決」を受けた主人公を横浜流星が演じます。 そして、死刑囚の主人公は逃亡者となり、“別人”になりすます逃亡生活に入ります。 “5つの顔”をそれぞれ横浜流星が全力で演じ分けていて、それも日本アカデミー賞主演男優賞の最有力候補と言え、注目に値します。 私は本作を最初に見た時に、正直言うと「この作品を見るのは1回だけでいいかな」と感じていました。 ただ、確認のため2回目を見てみると、冒頭の時間軸が入れ替わっているシーンなどがより理解できたり、作品の細かい演出などを見極めることもできました。 そして、深く作品に入り込むこともでき、私は2回見て正解だったと感じました。 このようなリピート需要が生まれるかどうかも、本作の興行収入の成否を少なからず分けるのでしょう。 映画を筆頭に「コンテンツは作品の出来と支持が比例すべき」と考えているので、本作は決して「意識高い系の一部の人に向けたような作品」ではなく、広く受け入れられるべき作品と言えます。 「作品の出来」を表す大きな指標に映画の場合は「日本アカデミー賞」があります。「日本アカデミー賞最有力作品」として「正体」が藤井道人監督作品の相場から「確変」を起こして興行収入10億円を突破できるのか大いに注目したいと思います。