わたしたちは“しんどさ”を通じて、繋がることができる――香月夕花『見えない星に耳を澄ませて』刊行記念インタビュー
デビュー作『水に立つ人』以来、傷ついた人びととその再生を丁寧な筆致で描いてきた香月夕花さん。12月18日(金)刊行予定の最新作『見えない星に耳を澄ませて』は、音楽療法をテーマとした連作中編集です。胸が苦しくなるほどの切実な痛みと、それでも生き抜く強い決意を描き切った本作は、どのようにして生まれたのでしょうか。 ■音楽療法を物語に ――『見えない星に耳を澄ませて』は、音楽療法士を目指す大学生の真尋が主人公の物語です。耳慣れない職業ですが、主人公が志したのがこの仕事であったのは、どうしてでしたか。 香月:デビュー以来、自分はひたすら人の気持ちを理解しながら、物語を紡ぎたいんだなというのがだんだん見えてきたんです。その過程をつぶさに描こうと考えた時、カウンセリングやセラピーというのは印象的なモチーフだなと思いました。ただ、通常のカウンセリングではない、もっと面白い表現ができないかと構想していた時に、音楽療法という題材を思いついたんです。音楽を文字で書くのは難しいですが、だからこそ、是非挑戦してみたいなと。今回小説の題材として選んだ分析的音楽療法と呼ばれるものは、一対一で演奏をする真剣勝負みたいなところに魅力を感じました。 ――実際に取材もかなりされたと伺いました。 香月:はい。ホスピスを取材させていただいたんですが、演奏者は、聴いている人たちの様子をよく観察しながら、一人一人と気持ちをつなげて、みんなの中に溶け込んで小さな音を奏でていく。療法としての音楽ってこういうものなんだというのが伝わってきて、とても面白い経験でした。
――作中にはやライアーやカリンバなど、耳慣れない楽器もたくさん登場します。 香月:本当に幸運なことに、その楽器の演奏家にたまたまお会いできて、楽器を触らせてもらう機会があったんです。実際に音楽療法をされていて、本物の音色を聴くことができ、とても参考になりました。 ■言葉で言えないことを音楽に ――冒頭の「薔薇なんてどこにも」では、不登校になってしまった中学生の少女・汐里が登場します。セラピーにやってきてもピアノの音階練習ばかりくりかえす彼女は、質問に対しても投げやりな返事ばかりを口にします。 香月:他人同士がわかり合うって、そんな簡単なことじゃない、というところを書きたいという思いがまずありました。自分の気持ちはセラピストの三上先生にも打ち明けられないし、親にも言えない。そんな少女が、ピアノにだったら気持ちを叩きつけられる。それは音楽療法の持っている本質的な部分かなと思います。 ――次のクライエントには見栄えを気にし、隙のない自分を演出するパーソナルスタイリストの井出智美が登場します。 香月:SNSやブログを見ていると、等身大以上の自分をアピールすることに必死になっている人も多いなと感じます。それはとても疲れることだし、続けていたら自分自身がすり減ってしまうんじゃないか。そういう気持ちを井出さんに託したところはあります。 ――彼女自身は、虚構の「素敵な自分」のことを本物だと信じているのかもしれない、と思いながら読みました。 香月:彼女は即興演奏を要求されるセラピーに楽譜を持ち込んで既成の曲を弾いてしまうんですけれど、あなたの思ったままに弾いてって突然言われても、大概の人はフリーズしてしまうと思うんです。楽譜通りに弾くというのは当たり前のアクションに見えるんですが、彼女の場合、本当の自分を知られたくないからこそ即興を避けているわけで、実はその上にいろんな思惑がある。井出さんは、自信がないあまり他人の目を気にしすぎてしまい、お手本なしでは何もできない状況に追い込まれてしまった人です。そこを突き放すのではなくて、その仕方なさを書けたらな、と。