【書評】『反回想 わたしの接したもうひとりの安倍総理』 安倍晋三氏に政界に誘われた青山繁晴氏が綴る、日本の政治の深い闇 熟読すべき問題作
【書評】『反回想 わたしの接したもうひとりの安倍総理』/青山繁晴・著/扶桑社/1980円 【評者】平山周吉(雑文家)
二年前のその日、著者は大阪行きの機内で、後ろから肩を強く叩かれる。嬉しそうに笑っているのは安倍晋三元首相だった。まもなく狙撃されるとは知る由もなく、短い会話を交わして別れた。 「安倍さんの背中はいつだって、飄々としています。/この日も、まったく変わりありませんでした」。 自民党の参議院議員で、作家でもある青山繁晴の『反回想』は、安倍晋三との、利害関係なしの、長い「淡交」をヴィヴィッドに描くことで、日本の政治の深い「闇」を明るみに出した文芸作品だ。タイトルは、作家で政治家だったアンドレ・マルローの『反回想録』に倣っている。意欲の大きさは、そこからも伝わってくる。 安全保障やエネルギーの専門家である青山を国政に誘ったのは安倍だった。「青山さんが国会に来たら、外務省が変わるな」、「経産省も変わる」、「自民党議員も変わるな」。青山が民間人として「諫言」し続けてきた問題点を、内部から変えてくれという要請だった。 本書の主要部分では、二人だけの時の安倍のふだん着の言葉が、忠実に再現される。青山は記者時代から、取材ではメモをとらず、相手の目をじっと見て話し合い、正確に記憶した言葉を取材後にトイレなどでメモった。本書でも、その方法が貫かれているので、安倍のあの少し舌足らずの肉声が、みごとに甦える。それどころか、安倍がまだ生きていたら公表不可能な発言も大量に公開される。 「その人物が政務においてほんとうは何を考え何を吐露されていたかは、引退なさったり、あるいは死後となれば、基本的には公開されるべき情報です。/政府の機密文書が一定期間後に国民に公開されるのと同じです」 いま書けるのはどこまでかを悩みながら、驚くほどたくさんの政治の裏舞台が、細心のチェックを経て活字になった。読んでいると、一つの言葉の選択にも心配りがある。私は再読していて、「そして」という単純な接続詞も考え抜かれた上での言葉ではないか、と思い至った。熟読すべき問題作だ。 ※週刊ポスト2024年11月29日号