第154回 直木賞受賞者・青山文平氏の記者会見(全文)
江戸時代の中で一番成熟した時代が舞台
日本経済新聞:日本経済新聞のミヤガワと申します。受賞おめでとうございます。 青山:よろしくお願いします。ありがとうございます。 日本経済新聞:先ほど、非常に興味深い発言をされてまして、18世紀後半から19世紀前半を描くと。で、英雄を描かないということは大きな動乱を描かないということで。それはどうしてなのかというところをぜひお伺いしたいなと思います。 青山:それは先ほどの言った銀色のアジを書きたいという、そのアジを書きたいということです。われわれを書きたい。今、いわゆるOECD加盟国というのは労働組織率がどこも9割ぐらい、要するに勤め人が9割です。だから、組織にいる人間が9割。だから、そのそうではない。で、ちょっと、なんと言ったらいいですかね。だから、よく時代小説というとスケール感とかダイナミックさとかそういうことがよく言われて、それが戦国とかだとまさにスケール、ダイナミックということになるんですけど、自分は書き手ですから、小説の書き手ですからただ単に、ああ、そうですかというわけにはいかないんですね。ああ、スケール感ですかと、ダイナミック感ですかと。スケール感とは何かということですよ。やっぱりそれは当然考えなきゃならない。ダイナミックさとは何なのかと。 で、それがその、もしも世間的な意味で言われるスケール感、ダイナミック感が求められるとしたら、日本史っていうのは世界史から見れば辺境史ですよ。北欧史が辺境史であるみたいに日本史っていうのは辺境史なわけですよ。そうすると、そういう視点から言えば初めからもうスケール感、ダイナミック感ないでしょう。だから、そういうスケール感、ダイナミック感というものは私はあんまり興味を引かれない。 ところが人間の個人の暮らしの中には、そんな別に夫婦間でも、子供との関係でもスケール感、ダイナミック感というのが僕はあると思ってるんですね。夫婦の間のある種の判断。例えば、今回まず『つまをめとらば』の一番最初の「ひともうらやむ」というのがありますけれども、そこで主人公が、幼なじみが自分の女房を見張ってくれと言ったときに、もう何も言わずに三行半を書かせる、去り状を書かせる。とっさに、あ、こいつは女房を切るかもしんないと思って去り状を書かせるっていうのは、僕はすごいダイナミックだと思ってるんですよ、自分では。そういうその日常の中にダイナミックな日常の、さっき言ったその9割の人間の普通の何気ない、そのアジの暮らしの中にいろんなスケール感であり、ダイナミックさが日常の中にあるはずだと。僕はそういう、いわゆるその勇猛なリーダーのスケール感、ダイナミック感を書くより、そういうわれわれの中にあるスケール感、ダイナミック感を書いたほうがさっき言ったはるかに銀色になると思っております。そのリーダーのスケール感、ダイナミック感を書いたものは決して銀色にはならない。それは僕は青だと思う。すいません。 日本経済新聞:それがその、18世紀後半から19世紀前半にという舞台設定になる理由というのを。 青山:これはですね、これははっきりしてるんです。江戸時代の中で一番成熟した時代なんです。そういう成熟した時代というのはキーワードがない時代なんです。人間、日常をやってく上でだいたい、仕事なんかはたたき台があったほうが楽なわけですよ。前例でまずそれをやってみて、だからみんなたたき台が必要だし、で、キーワードが要るわけですよ。で、僕が言うと18世紀後半から19世紀前半というのはキーワードがない時代なんです。お手本がない。だからみんな自分で考えなきゃなんない。自分で考えざるを得ないから、そこに人間が、その個人、個人が出てくるわけですよ。もうまねすることできないわけだから。それでその時代を書いてるということです。さっき言った銀色のアジとも共通しますけれども、そういうことです。 日本経済新聞:分かりました。ありがとうございました。 司会:はい。よろしいでしょうか。そろそろもう最後の質問にさせていただきます。ほかにご質問のある方は。じゃあ奥の右の一番端の方。はい。 直木賞のすべて:インターネットで『直木賞のすべて』というサイトをやっている川口と申します。 青山:よろしくお願いします。 直木賞のすべて:青山さんは1年前に1回、選ばれなかったという経験をされて、で、今回候補になられたんですけど、候補になられてから今日まで、取りそうだなとか、今回もうーんとか、どんな思いでずっと過ごされてたんですか。 青山:いや、それはもう選考ですから、もう先ほど滝口さんもおっしゃられてましたけど、自分じゃどうすることもできないわけで、一番そのいい方法はそういうサイトがって申し訳ないんですけど、やっぱりそういうのを見ないってことですね。 直木賞のすべて:いいと思います。はい。見ないようにと。 青山:見ると、人間はそれは生身の人間ですから、気になって余計なことも考えるわけですから、で、今、長編を抱えてまして、とりわけそういうものに目をやると今、書かなきゃならないものが影響を受けるわけですよ。だから要するに見ないということです。で、あとはもう選考ですからもう本当に任せるという。自分では、自分でコントロールできないことをなんかやったって空回りするだけですから。でも、そうはいってもなかなか理屈どおりにはいかないんだけど、できるだけ理屈どおりにするということですね。はい。 直木賞のすべて:ありがとうございます。 司会:はい。ありがとうございました。それでは、そろそろ青山さんの記者会見もこれで終わりにしたいと思います。青山さんのほうから何かおっしゃりたいことがありましたら。 青山:いや、『つまをめとらば』、よろしくお願いいたします。 司会:以上でございます。ありがとうございました。これにて第154回芥川賞・直木賞受賞者記者会見を終わりにさせていただきます。長時間ありがとうございました。 (完)