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兄弟で横綱に!若乃花が歩んだ「お兄ちゃん」としての相撲道

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HOMINIS(ホミニス)

大相撲の世界でのキャリアが十二分にある中で、引退後に別の競技に転向する力士がいる。その転身先の多くはプロレスラーなどの格闘家だ。そんな中で、NFL入りを目指してアメリカンフットボールの世界に飛び込んだ元力士といえば若乃花である。 【写真を見る】タレントやスポーツキャスターとして活躍する花田虎上(元横綱・若乃花) 結果的にNFL入りはならなかったが、その後、ちゃんこ鍋などが味わえるダイニングレストランをプロデュースして全国展開、タレントとしてバラエティー番組に出演するなど、引退後も広く活躍している。ただ、彼の現役生活はその特殊なバックグラウンドから、苦労の連続だった。 ■二世力士の重圧と周囲の期待を背負いながら角界入り 叔父は「土俵の鬼」と呼ばれ、栃若時代を築いた第45代横綱・若乃花。そして、父は「角界のプリンス」と呼ばれ、絶大な人気を誇った元大関・貴ノ花だ。有名力士の息子が角界入りするケースは多いが、入門するその瞬間からカメラが追い、ニュースに映し出されることは過去にこの兄弟だけであった。 二世力士としての重圧が掛かる中、周囲の期待に応える形で出世し、10代で関取、幕内と順調に階段を駆け上がった若乃花ではあったが、常に隣にはそれを超えるスピードで昇進する弟・貴乃花の存在があった。この時の大相撲人気は「若貴フィーバー」と称され、次世代をけん引する力士として注目度は高まり続けた。 若乃花のニックネームは「お兄ちゃん」である。兄弟で出世したということも一因ではあるが、もし若乃花の出世が早く、華やかな相撲を取っていたら彼を「お兄ちゃん」と呼んだであろうか。恐らく、若乃花という存在がメインとなる別のニックネームになるか、貴乃花が若乃花の弟として称されることになったのではないか。しかし、若乃花は「お兄ちゃん」では終わらなかった。 ■自らの技術を磨き、相手力士を分析して上り詰めた横綱 1990年代の大相撲は、ハワイ勢のパワーにどう立ち向かうかということが1つのテーマだった。貴乃花は彼らに負けない体を作り上げ、そこに王道の四つ相撲を磨き上げることで対抗した。そして、同部屋の大関・貴ノ浪は外四つの相撲で、パワーに真正面から向き合った。 身長180cmで力士として恵まれているとは言い難く、パワーで立ち向かう訳にはいかなかった若乃花が見いだしたのは、技術であり相手力士の分析だった。現在、若乃花が相撲の解説をする際、現役力士に対する分析もさることながら、細かい技術解説についても舌を巻くことが多い。精神論に傾倒しがちな解説や、相手力士や自らの技術にまで迫れないインタビューと比較すると、若乃花による解説は明快だ。 二世力士や大横綱の「お兄ちゃん」で終わることなく、鍛錬を続けた若乃花は大関に昇進。そして、1995年九州場所の貴乃花との兄弟対決を迎えた。下手投げを繰り出す若乃花に対して、崩れ落ちる貴乃花。大相撲を語る上で外せない名場面を作り上げたのは、紛れもなく「お兄ちゃん」だったのだ。そして、1998年には史上初の兄弟横綱が誕生したのである。 横綱昇進後はこれまでの無理がたたってか、ケガに泣かされることが多く「不知火型の横綱は短命」というジンクスが的中する形で、2000年に引退を余儀なくされた。しかし、まれに見る技巧派横綱として、その存在感は色あせることはないだろう。そんな若乃花の貴重なアーカイブ映像とトークは、フジテレビONEの「大相撲いぶし銀列伝 #33 若乃花篇」で見ることができる。 二世力士であり大横綱の兄として、相撲の世界で生きなければならなかった男が、暗さを見せずに生きる道を切り開き、自らも横綱になった。そんなポジティブな成功者の面影がある限り、これからも彼のことを、親しみを込めて「お兄ちゃん」と呼ぶだろう。 文=西尾克洋

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