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ヨーロッパ中世は、想像界が歴史を大きく動かしていった、稀有な時代―池上 俊一『ヨーロッパ中世の想像界』本村 凌二による書評

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◆人間や社会を左右したイメージ ヨーロッパ中世について、日本人が思い浮かべるのは、強大なキリスト教会であったり勇ましい十字軍であったりする。昨今では観光旅行の機会もあり、パリのノートルダム寺院やフィレンツェの大聖堂などを身近に感じる人々もいる。しかし、その中世社会に生きていた人々の心の中までのぞくことなどできるのだろうか。この心性史という至難の課題に敢然と切りこんだ本書は、わが国の西洋史研究の最新にして最高水準の成果と評価していいだろう。 現代人にとって、想像界(イマジネール)と聞けば、どこか現実離れした世界にしか思えない。だが、ヨーロッパ中世にあっては、想像界は現実とかけ離れた世界ではなく、まさに人間や社会を動かす大きな源泉になっていたという。 中世の人々は森を切り開き、耕地を拡げながら、狼を退治し、猪を豚にするなど野獣を家畜として手なずけた。野獣は人間と家畜の仇敵(きゅうてき)で悪魔のごときものだったが、聖フランチェスコのように神の被造物として人間にも動物にも親しむ者もいた。動物イメージは善悪あるいは正邪の両面からとらえられ、動物のヒエラルキーは人間社会を忠実に反映するものとして利用されたという。 ところで、人間が肉体と魂から成るなら、魂はどんな姿をしているのか。そこに、奇跡譚、異界の夢、幻視などが結びつき、魂とそのイメージを中軸として想像界が浮かび上がってくる。そこでは、ギリシャ・ローマの理知、ゲルマンの習俗、ケルトの夢想、キリスト教の霊性などが競い合い融け合っていくのだった。 中世の人々のイメージ世界は、太陽や雨風、草木や動物などに左右される生活だったから、大いに自然にかかわっていた。常ならず輝く光は吉兆であったが、血の雨、動物の異常行動、彗星、日蝕、月蝕などは凶兆であった。なによりも地水火風の四大にかかわる現象はことごとく気になることだったらしい。 「地」は豊穣の源でもあるが、大地の下は地獄の中心でもあった。もともと古代や異教信仰において大地母神崇拝に見られるごとく生命の源であったのに、後期中世になると大地の妖精などは悪魔のごとく断罪されていったという。「水」はもっとも魂の救いに結びついていた。しかし、洪水や激流のみならず、静かな湖には悪鬼や化け物が住むと恐れられてもいた。「火」は、楽園で光り輝き、地獄で燃えるという二面性をもっている。暖め照らす優しさであり、懲罰の責苦でもある。「風」はユーラシア西部では翼によって形象され、天と地を結ぶ媒介でもあった。東アジアなら天女だから翼はない。中世には翼を持つ鹿が登場して、死者の霊魂の導き手としてキリストのシンボルでもあったという。 このように中世の人々は身近なものをメタファーとして世界・宇宙を捉えようとした。それらを人間の身体に譬えたりしながら、やがて自然法則も意識するようになる。それとともに、国民意識が勃興したが、法律や制度よりもアピール力の強いイメージが先行したという。 さらに、ヨーロッパ中世では、なによりも聖(天国)と魔(地獄)の磁力が地上の俗界の場で対峙しており、想像界を動かし、変容させていったという。なかでも、教会にとって、翼を持つ天使は神の使者であり、神の戦士でもあった。また、魂は心臓に宿ると感じられていたので、とりわけ聖心(イエスの心臓)は信徒らの崇拝対象であった。また、古代ローマの大詩人ウェルギリウスが似ても似つかぬ魔術師として作り上げられたが、もともとの人気者がファンタジー溢れる虚像を生み出したという。さらに、異教徒の女神が魔女の先駆けとして登場するのも興味深い。近年、魔女研究には新しい動きがあり、とりわけ、悪魔を礼拝し儀礼を行う魔女たちの集会であるサバトが注目を集めている。そこには、後の中央集権の絶対主義国家を構築していくなかで、神聖な秩序を脅かす魔女の犯罪を国王反逆罪として断罪する必要があったという。 中世人は、誰が仲間で誰が敵か、をたえず認知したうえで行動した。仲間としての身振りや標を確認し、それらを儀礼に組みこむのだ。接吻、指輪、血盟、誓約などが友愛の印だった。他方で、キリスト教徒にとって、ユダヤ人こそは最大の他者だった。キリスト受難劇が上演され、血を渇望するユダヤ人が登場する。さらには、後期中世のペスト(黒死病)蔓延期にはユダヤ人が泉や井戸に毒物を散布したというデマが広がったという。女性もまた、糸巻き棒をたずさえる貞淑な姿で描かれたが、この道具は男性と戦う武器として恐れられてもいたらしい。さらにまた、天国と地獄以外の中間にある異界を憧憬する人々も後を絶たなかった。 最後に、とらえどころのないイメージは漂うだけかのようだが、そこには相互を関連づける「論理」と「様式」があり、全体としての「構造」をなしている、と著者は推測する。その仕組みを解きほぐせば、「ヨーロッパ中世は、想像界が歴史を大きく動かしていった、世界史的に見ても稀有な時代であった」と結論できる。八〇〇頁近い大著の説得力ある議論に心から敬意を表したい。 [書き手] 本村 凌二 東京大学名誉教授。博士(文学)。1947年、熊本県生まれ。1973年一橋大学社会学部卒業、1980年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、2014年4月~2018年3月まで早稲田大学国際教養学部特任教授。 専門は古代ローマ史。『薄闇のローマ世界』でサントリー学芸賞、『馬の世界史』でJRA賞馬事文化賞、一連の業績にて地中海学会賞を受賞。著作に『多神教と一神教』『愛欲のローマ史』『はじめて読む人のローマ史1200年』『ローマ帝国 人物列伝』『競馬の世界史』『教養としての「世界史」の読み方』『英語で読む高校世界史』『裕次郎』『教養としての「ローマ史」の読み方』など多数。 [書籍情報]『ヨーロッパ中世の想像界』 著者:池上 俊一 / 出版社:名古屋大学出版会 / 発売日:2020年03月5日 / ISBN:4815809798 毎日新聞 2020年4月25日掲載

本村 凌二

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