年間9068件の安楽死が行われた国の「人生の最期」 耐え難い苦痛の回避か、自然な形か 安楽死「先駆」の国オランダ(4)
「安楽死はできないかもしれない」 オランダの首都アムステルダムの東約50キロ、レリスタットに住むヘルマン・ブライン(87)は2021年6月上旬、家庭医からそう告げられた。その2週間前、家庭医は安楽死の手続きに進むことに同意。家族にも理解を得て別れを覚悟していただけに、思いもかけない言葉に落胆した。 【グラフでみる】安楽死申請のうち承認は3割程度、拒否された理由は 19年11月に動脈瘤(どうみゃくりゅう)破裂の危険性が高まり、約6週間寝たきりの生活を送った。リハビリを重ね、ようやく歩けるようになったのは半年後。その後、原因不明の全身のかゆみにも襲われた。07年に手術を受けた心臓疾患の症状も悪化。安楽死を申請した当時は、顔が腫れ、両まぶたはほぼ開いていない状態だった。 「19年からの2年間は、まさに死んでいるような状態。耐え難い苦痛だった」 しかし、家庭医の判断を受けて改めてヘルマンを診察した心臓、血管外科、皮膚科の専門医は「意識がはっきりしている」「歩行できる」「普通に生活ができる」などと判定。「安楽死の段階ではない」と結論付けた。 ■承認件数の割合は毎年3割前後 23年にオランダで実施された安楽死は9068件。申請件数の集計データはないが、家庭医らのチェック過程で拒まれるケースは少なくなく、実施件数を上回る。 同年の実施件数全体の14・1%を受け持った独立機関「安楽死専門センター(EE)」の活動報告書によると、センターでは12年の設立以来、申請件数に占める承認件数の割合は毎年3割前後で推移しており、約7割は却下されている。 23年の却下理由は「申請中に死亡」「患者が申請を撤回」など患者側の事情によるものが計56%を占める一方、「安楽死に必要な要件を満たしていない」が17%で3番目に多かった。EEは家庭医が拒んだ事例の駆け込み寺のような機能を果たす機関だが、ここでも望めば誰もが安楽死できるわけではない。 「もう一度人生を始めなければならなくなった」。一時は失意にくれたヘルマンだったが、現時点で再度安楽死を申請するつもりはない。「妻や友人との交流、何かに貢献できることへの喜びはある」。しかし、病状は徐々に悪化し、活動は制限される。日々、唯一外出する場所は近くの図書館だが、住所や氏名などと「延命治療は望まない」旨を記したカードを常に携帯している。 ■「生きていくうちに考えが変わる」