【中村憲剛×小林有吾対談 後編】漫画でもサッカーでもどんな分野でも、一つ結果が出ても満足することなく継続して自分を伸ばしていくしかない
愛媛の一室で描いた作品が、フランスの子供たちに喜ばれている感動
中村 漫画家としてデビューしたときは相当うれしかったのではないですか? 小林 純粋に一番喜べた時期でしたね。一つ階段をのぼって、じゃあ次って感じでしたし“俺、すごいんじゃね?”みたいな(笑)。自分のなかで狂気乱舞できていたというか。憲剛さんは中央大学を卒業されて川崎フロンターレでプロになったときってどうだったんですか? 中村 大学4年の10月に内定をもらえたんですが、その時は純粋に嬉しかったです。夢が叶った瞬間だったので。なのでそこから1月にフロンターレに入るまでずっとワクワクしていましたし、最初はすごく楽観的だったんですよね。サッカーだけでお金をもらえるなんて、いい世界だなって。環境面も大学のときは土のグラウンドだったのに天然芝だし、ホペイロやメディカルといったスタッフも充実していて、練習は緊張したけど楽しかった。だけどいざキャンプが始まったら自分はCチームくらいの扱いで、大卒でこの立ち位置にいるなら今年でクビだよなって思ったんです。(加入から)割と1カ月くらいでそれまで感じていた喜びや楽しさはすっ飛んで、強烈な恐怖を感じましたね。 小林 おそらく普通はその恐怖に気づかない人のほうが多いと思うんです。1カ月で気づくってやっぱり憲剛さんは勘がいい。 中村 もうそこからは必死でしたね。一つ結果が出たとしても満足を得ることなく、継続して自分を伸ばしていかなきゃいけない。これは漫画でもサッカーでも同じだとは思うんですけど。 小林 その通りです。僕も昔の自分であれば満足できても、そのときからは「もっと全然いけるぞ」っていう感じを持っていました。一歩ずつではあっても、自分のなかではこんなもんじゃないよ、と。いろんなところに道が開けているような。これ以上は自分の力が出せなくて無理だと感じていたら、そこで止まっていたのかもしれませんね。 中村 僕もそうでした。自分で自分の可能性に蓋をしないっていう。望めば望むほど、いろんな人の力を借りることができたり、結果を残すことができたり、おそらくこのくらいでいいかなって思っていたらそこで引退だったと思うんです。だから40歳までプレーできたし、最後までやり切ることができました。自分が望めば、今日より明日、明日より明後日もっと良くなる。限界をつくらないように、とずっとやってきたつもりです。 小林 憲剛さんの場合、いつまで(プレーする)というのは自分で決めることができていたんですか? 中村 もちろんクラブとの契約があるので“もう必要ない”と言われたらそれで終わりです。言われないために何をするかと言ったら、結果を残すしかない。“憲剛が出たら勝つよな、チームが良くなるよな”とずっと思ってもらわなきゃいけないし、そうしてきたつもりです。最終的には自分が40歳までと線を引く形を取ることができました。35歳以降は誰かが止めるというより、自分がどこで終止符を打つかというフェーズに変わっていきましたね。 漫画家には引退がないと思うんですけど、そこも共通していませんか? (読者に)「面白い! 来週まで待てない!」って思われる漫画をつくり続けなきゃいけないっていうことなのかなって。 小林 そうそう、確かにそうなんです。 中村 だから現役時代は過去を振り返らなかった。今の積み重ねが未来をつくるって僕は思っていたから。 小林 その言葉、いいですね。(心に)染みた(笑)。 中村 先生にもう一つ、聞きたかったんですけど、いっぱいいる漫画家さんのなかで目指すべき存在みたいな方はいるんですか? 小林 どうなんですかね。やっぱり見るところは『ドラゴンボール』の鳥山明先生とか『スラムダンク』の井上雄彦先生とか、“王”ですよね。あの先生たちに比べたら自分なんてあまりにちっぽけな存在なんで、もっともっと頑張らなきゃいけないって思います。 中村 『アオアシ』も日本にとどまらず、世界に広がっています。 小林 ありがたいことに日本の次にフランスで売れていて、この前パリでサイン会があったんです。握手して手が震えている子とか、感動して泣き出す子もいたりして、本当にうれしかったですね。(活動拠点に置く)愛媛の一室でコツコツ描いてきたものが、こうやってフランスでも喜ばれているんだと実感できて、良かったなって心から思いました。 中村 世界でも『キャプテン翼』に影響を受けた選手が数多くいたように、『アオアシ』もいずれそうなるでしょうね。 小林 マジですか(笑)。もし本当に選手たちにも影響を与えられるようになれば、すごいことだなって思います。
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