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塩見 智さん/街乗りSUVの対極 四輪駆動車の権威、故石川雄一さんが愛したピンツガウアー

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それぞれの人生で出会った「決定的なクルマ」について綴ったエッセイです。自動車ジャーナリストの塩見 智さんが選んだのは、「故石川雄一さんのピンツガウアー」。人生を変えたクルマの物語をどうぞお楽しみください。 「ヨンク」の呼び方が懐かしい SUVの元祖ジープ・ラングラー

“それだけではない”

自動車雑誌編集者として、 大御所評論家とも多々仕事をした塩見氏は、四駆界のご意見番に出会って、新たな扉を開かれたと偲ぶ。 いつだったか、当時人気があったトヨタ・ハリアーについてコメントをもらおうと、ある四駆の権威を訪ねた。クソミソの感想しかもらえず、ほとんど使えなかった。その権威とは、陸上自衛隊出身で、創刊メンバーとして『4×4 MAGAZINE』を立ち上げ、後年はより専門性の高い『CCV(クロスカントリーヴィークル)』の創刊編集長として長年本格的な四輪駆動車愛好家に支持された故石川雄一さんだ。 石川さんはハリアーにのみ厳しかったわけではない。SUV全般についてビジネス上の存在理由を理解しつつも機械として一切認めなかったのだ。例えば、長年にわたって初代レンジローバーを愛用されていた石川さんは、自著のなかで最近のレンジローバーについて、「そのスタイルは靴で言えば丹念に保革油を擦り込まれた傷がある山靴だと思う。それなのにどうしてピカピカなエナメル靴なのだろうか。木綿やツィードのカントリージャケットに通じるものだと思うのだが、演歌歌手の舞台衣裳というような頓珍漢なスタイルはいかがなものだろうか」と嘆いた。 また、「オリジナルな『ランドローバーらしさ』『レンジローバーらしさ』を魅力と感じてオーナーになられたのであれば、それを崩すようなスタイルは避けてもらいたい。派手派手なユーザーが増えてくると1台でも多く売りたいメーカーもそれに合わせて商品を作る。すると結局は『らしくない』LRやRRが作られるようになる。新しいモデルにはハイテクと呼ばれる電気仕掛は満載されているが、シャシーはデトロイトの量産四駆と同程度に手抜きされている。これ以上、私達の好きなLRがLRらしさを失って他の四駆と同質化していくのを防ぐのは我々ユーザー次第だ」とメーカーのみならず、オーナーにも容赦がなかった。 クルマはあくまで道具であり、機能こそが重要であり、飾り立ては不要という評論スタンスを貫いた。その痛快な言説に毎度感心しつつも、そこまでおっしゃる石川さんはいったいどんなクルマに乗っているのかと思い、ある時やや挑戦的に尋ねたら見せてくれたのがこのクルマだ。 ピンツガウアー710M。メルセデス・ベンツの委託を受けてGクラスを開発したことで有名なオーストリアのシュタイア・プフ(現マグナ・シュタイア)が、主に軍用車両として60年代の終わりに開発した多機能車で、90年代まで生産され、民間にも一定数出回った。想像の斜め上をいくクルマを見せられて圧倒されていると、助手席に乗せられて裏山へ連れていかれた。とんでもない凹凸のモーグル区間を事もなげに走破するのを車内で目の当たりにした。 ピンツガウアーにはなるほど一切の飾り立てはなかったが、見るからにシンプルで頑強なチューブラー・バックボーン・シャシー、重量配分の最適化に寄与するトランスアクスル、とてつもないロードクリアランスを稼ぎだすハブ・リダクションなど、本質的な高性能が満載だった。極め付きは快適性の高さ。スイングアクスル・サスが織りなすソフトで懐の深い乗り心地は、無骨な外観からは想像もつかないものだった。 石川さんとピンツガウアーのパッケージは、自動車雑誌編集者としてロールス・ロイス、メルセデス・ベンツ、フェラーリなどで特集を組み、徳大寺有恒さんや清水和夫さんなどとも交流させていただいて、多少はクルマに詳しいつもりでいた自分に衝撃を与えた。 あれから何年もたった。煩悩は捨てきれず、見た目を彩るウッドやレザーといった飾り立てに依然うっとりさせられるし、「ニュルで何分を切った」とか「ハンズオフ・ドライブが可能になった」といったことにも興奮するが、石川さんとピンツガウアーのおかげで、少なくとも今の自分にはクルマの価値が“それだけではない”という視座がある。モノコックになった新型ディフェンダーでお墓参りに行ったら、あの懐かしい罵詈雑言が聞かれるだろうか。 文・写真=塩見 智(自動車ジャーナリスト) (ENGINE2020年7・8月合併号)

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