夢を売り、暴力と恐喝で支配 ロヒンギャ密航ビジネス
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【12月26日 AFP】バングラデシュにある世界最大の難民キャンプで、有刺鉄線が張り巡らされた検問所を三輪タクシーがやすやすと通り抜けて行く。その運転手らは、海上の恐喝団や腐敗した警察、麻薬密売組織の親玉などが関与する密航ネットワークの末端を担っている。 三輪タクシーには、何人かの若い男女と子どもらの小グループが乗っていた。国籍を持たないイスラム系少数民族ロヒンギャ(Rohingya)の難民だ。彼らはバングラデシュの掘っ立て小屋のキャンプに同胞と一緒に押し込められている惨めな暮らしから、脱出したいと望んでいる。 エナムル・ハサン(Enamul Hasan)さん(19)もその中の一人だった。今年初め、三輪タクシーに乗って海岸に連れて行かれ、そこから小さな船でベンガル湾(Bay of Bengal)に停泊していた大型漁船まで運ばれた。船にはマレーシア行きを望むロヒンギャ数百人が乗っていた。 「学業を修めて、家族を貧困から救うために稼ぐチャンスがあると言われた」。ハサンさんにそう約束したのは、キャンプの中にいた密航組織の手先だ。そしてハサンさんは海上で6週間、船の乗組員らに殴られるのを耐え、人が死ぬのを見た。 今年、バングラデシュとインドネシアには、海上を何か月もさまよった何百人ものロヒンギャ難民が漂着した。AFPでは密航ネットワークに対する徹底調査のため、ハサンさんをはじめとする数十人のロヒンギャ難民や密航に関わった漁師、警察、役人、共同体の指導者や援助活動家らを取材した。 調査で明らかになったのは、高度化され進化し続ける数百万ドル(数億円)規模の密航ビジネスの実態であり、そこで同じロヒンギャの共同体の一員が重要な役割を担っていることだ。 さらにこうした密航ネットワークには、1000人を乗せることができるタイ船籍の複数の漁船と衛星電話、小型補給船の小船団、そしてバングラデシュの難民キャンプをはじめとする東南アジア各地の腐敗した役人らも不可欠となっている。 インドネシアを拠点とする難民の権利擁護団体「Geutanyoe財団」の共同創設者イスカンダル・デワンタラ(Iskandar Dewantara)氏は、「これは人道を隠れみのにした一大ビジネスです」と訴える。 ■新婦 仏教徒が多数派を占めるミャンマーでは、イスラム教徒であるロヒンギャは市民として認められず、何十年にもわたって迫害に耐えてきた。そうした中、陸海路での国外への密航ルートは以前から存在していた。 ロヒンギャが主に目指すのは、比較的裕福なイスラム教国マレーシアだ。現在、10万人以上のロヒンギャが難民として登録され、マレーシア社会の底辺で生きているが、仕事をすることは許されていない。そのためロヒンギャの男性らは仕方なく違法の建設現場や低賃金の職に就いている。 国連(UN)調査団がジェノサイド(大量虐殺)に当たると報告した2017年のミャンマー軍による弾圧で、ロヒンギャの国外脱出は加速し、75万人が国境を越えてバングラデシュ南東部沿岸のコックスバザール(Cox's Bazar)に逃れた。 現在、コックスバザールの広大な難民キャンプには100万人が暮らす。そこから外に出る唯一の方法は危険な船の旅だ。 権利擁護団体や女性の体験者らによると、密航の需要に拍車をかけているのは、マレーシアにいるロヒンギャ男性だ。彼らは密航業者に金を支払って、自らの家族やあっせんで結婚した新婦を呼び寄せようとする。 マレーシア当局は頻繁(ひんぱん)に船を追い返している。さらに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を恐れて、ますます難民の受け入れを拒否している。だがAFPの集計によると、今年は3隻の船で500人近いロヒンギャがマレーシアに到着した。 6月以降、インドネシア北部にも過去5年間で最多のロヒンギャ約400人が上陸している。全員、目的地は隣国マレーシアだ。 一方、洋上で暴力や飢え、脱水症状などで死亡したとみられるロヒンギャは数百人に上るとみられる。バングラデシュに戻った船もある。 インドネシアに到着した船に乗っていたロヒンギャの多くは女性だった。その一人、ジャヌーさん(18)はインドネシア・アチェ(Aceh)州沿岸の町、ロクスマウェ(Lhokseumawe)の仮設キャンプでAFPの取材に応じた。 ジャヌーさんは家族の仲介によって、マレーシアにいるロヒンギャ男性の労働者と結婚すると明かした。「キャンプで2年間待ちましたが、危険を冒したかいがありました」とジャヌーさん。何人も成し遂げた例があるように、自分もマレーシアへ行く方法を見つけられるかもしれないと語った。 ■脱出 バングラデシュの難民キャンプ脱出は、2000ドル(約20万円)相当の前金の支払いで始まる。支払いはマレーシアにいる夫や親類が、携帯電話からネットバンキングのアプリを使って行うことが多い。前金を払うと難民本人に電話がかかってくるが、通常は知らない人物からだ。 マレーシアにいるロヒンギャ男性と、ビデオチャットアプリを通じて結婚したジュレカ・ベグム(Julekha Begum)さん(20)は、「数日後に電話がかかってきて、男性にキャンプの中央食品市場にある三輪タクシー乗り場に行くよう指示されました」と語った。 密航業者に雇われた三輪タクシーの運転手らは難民を連れて、有刺鉄線が張り巡らされたいくつかの検問所を通る。治安部隊は通常、賄賂を受け取り、通行を許す。 AFP記者が海岸沿いに確認した数か所の出発地点までは、三輪タクシーで数時間かかる。そうした港からは夜になると数千隻の漁船が漁に出る。 ロヒンギャの人々は定員10人余りの小型船がいっぱいになるのを待ってから、はるか沖合の大型船に連れて行かれる。時に1000人の収容が可能な2階建ての大型船のこともある。ひとたびマレーシアに向かい始めると、小型船が定期的に食料や水を運んで来る。 AFPが取材したロヒンギャの人々は、約4000キロ離れたマレーシアに到着するのは、1週間後だと言われたと語った。だが実際には、首尾よくいっても数か月かかる。 インドネシアに到着した難民らの話によると、船上では暴力や虐待があり、食料の配給は飢えるほど少なく、船上の難民を人質にとって親類からさらに金を脅し取る行為もあった。つまりは身代金を要求する脅迫で、親類が追加で支払った何人かは最終目的地に向かう小さな船に移されたという。 9月に上陸したアスモット・ウラー(Asmot Ullah)さん(21)は、密航業者らは「親類が払わなかったり、それ以上払えなかったりすると、いつも船の上の難民を殴っていました」と語った。 モハンマド・ニザーム(Mohammad Nizam)さん(25)は金がないために、マレーシア行きの小型船に乗せられはしなかったという。「彼ら(密航業者)は前もって合意していた金額から、さらに多く要求してきました。けれど私の両親は払えなかったのです」とニザームさん。「余分に払えば、マレーシアに(真っすぐ)行かせてもらえるのです」 当局によると、定員1000人の船1隻で、密航業者は最大300万ドル(約3億円)を稼げるという。 ■偽「救助」 インドネシアの漁師らは当初、6月に初めてロヒンギャ約100人が乗った船を救助したと主張していた。 だが彼らが主張する「救助」は、実際にはより厳格なマレーシアの入国管理を回避するための密航業者らによる組織的行動だったことが、当局や関与した密航業者によって明らかになっている。 インドネシア当局によれば、密航業者はいったんインドネシアに入ってしまえば、狭い海峡を横断してロヒンギャをマレーシアに上陸させられると思っている。 だが大半の難民は、インドネシア当局がスマトラ島北部ロクスマウェで校舎だった建物2棟に用意したキャンプに留め置かれる。 ■同情心と欲 バングラデシュの難民キャンプ内でロヒンギャを密航ネットワークへの関与に駆り立てているのは、同情心と絶望感、そして欲が混じり合った複雑な感情のようだ。このネットワークはまた薬物の違法取引ともつながっている。 この地域は東南アジアで人気がある「ヤーバー」と呼ばれる安価なメタンフェタミンの中心的な生産地として知られている。 ムハンマドという名だけを明かした男性(25)はAFPに対し、バングラデシュの最も古い難民居住区の一つで生まれ、ロヒンギャの犯罪組織のボスの下で14歳から働き始めたと語った。 「彼の下で2年間働き、この難民キャンプの狂気から逃れて、マレーシアに行きたがっていた少なくとも200人のロヒンギャを集めることができた」。そうした難民を見つけることで一月当たり550ドル(約5万6000円)を受け取っていたという。 ムハンマドさんは、ボスがバングラデシュの治安部隊に射殺されてから何年間か違法行為からは遠ざかっていたが、もう一度、この稼業に復帰する道を探っている。「ここで空きが見つからなければ、自分自身の(外国の)つながりを使って始めるつもりだ」と、ムハンマドさんは稼ぎのもくろみについて語った。 だがバングラデシュのコックスバザールで密航に関与する他のロヒンギャは、自分たちは道徳的義務からやっていると語った。 三輪タクシーで検問所を通り、小型船に乗せるまでを受け持っているモハンマド・タヘル(Mohammad Taher)さん(34)は、「これは共同体の福祉活動であって、犯罪ではありません」と語った。「この地獄から出たいと願う人がいれば、良識ある兄弟として、出口を示してあげるのが自分の義務だと思っています」 映像は6~10月に取材・撮影したもの。冒頭の船上の貴重映像はエナムル・ハサンさん提供。(c)AFPBB News