米国のFRBに完全否定されていた、黒田バズーカー「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」。私たちがそのツケを払うときが迫っている
日銀内部にあった銀行券ルール停止時の懸念
過去の日銀や海外の中央銀行が慎重に取り扱ってきた「財政ファイナンスの禁止」や「中央銀行の独立性」だったが、異次元緩和下の日銀はあまり目をくれなかったようにすら見える。では、本当のところはどうだったのだろうか。 2013年4月の異次元緩和の導入当初は、じつは、日銀内部にも国債の大量買い入れが財政ファイナンスとみなされるリスクを強く警戒する声があった。端的に表すのが、銀行券ルールの取り扱いだ。 異次元緩和で巨額の国債買い入れを進めようとする黒田日銀にとって、障害となるのが銀行券ルールの存在だった。やや技術的になるが、簡単に説明しておこう。 銀行券ルールとは、「日銀が保有する長期国債の残高は、銀行券発行残高を上限とする」という内部ルールで、日銀内部で長く維持されてきたものだった。日銀のバランスシートは、長期国債などの金融資産を資産サイドに、発行銀行券や日銀当座預金を負債サイドに計上している。日銀は、金融資産の買い入れや売却を通じて、金利や資金の供給量を調節している。 日銀をはじめとする中央銀行は金融調節の機動性を重視し、平時は短期の国債や短期の貸付金など、短期資産を対象に資金供与を行っている。長期国債は償還までに時間がかかるため、いったん長期国債を買い入れたあとに金融引き締め局面を迎えれば、長期国債を市場で売却して資金を回収しなければならない。しかし、中央銀行のようなビッグプレーヤーが長期国債を市場で売却すると価格が急変動しかねないため、慎重に対応せざるを得ず、機敏な対応がとりにくい。そうした理由から、多くの中央銀行は長期国債をはじめとする長期資産の買い入れには慎重に取り組んできた。 もっとも、日銀が長期国債をまったく買ってこなかったわけではない。発行銀行券はいったん日銀窓口から市中に出ると半永久的に市中に滞留し、残高が積み上がるクセ(傾向)がある。発行銀行券は家計にとって資産である一方、日銀にとっては負債である。ゴールデンウィークのように銀行券への需要が増えるときには、日銀は市場から資産を買い入れて需要の増加に応じる。 しかし、こうした現金需要の増加に対して短期資産の買い入れで応じようとすると、買い入れ頻度ばかりが増え、効率が悪い。いったん発行された銀行券は半永久的に市中に滞留することを踏まえると、これに見合う買い入れ資産の対象に限っては、長期資産を割り当て、満期まで保有するのが効率的だ。そこで、発行銀行券に見合う金融調節には、長期国債の買い入れを割り当てる考えが長く定着してきた。 だが、長期国債の買い入れは、政治や世の中から多額の買い入れを期待されやすい。易きに流れると、財政ファイナンスに近づく。そこで、日銀は内部の規律付けとして、「長期国債の残高は銀行券発行残高を上限とする」という内部ルール(銀行券ルール)を設け、政治との間合いを両立させていたものである。 もっとも、白川日銀時代も、非伝統的な政策手段として長期国債の買い入れを行っており、銀行券ルールの壁にぶつかった。そこで、バランスシート上に「基金」を設け、「基金」の対象とする長期国債の買い入れは、上限金額の範囲内で銀行券ルールを適用しない扱いとする一方、基金の対象でない「金融調節上の必要から行う(通常の)国債買い入れ」には、従来通り銀行券ルールを適用していた。 黒田日銀の異次元緩和は、この「基金」を廃止し、通常の金融調節と合体することにより、金額面での上限の制約を取り払うものだった。したがって、通常の金融調節に適用していた銀行券ルールについて、新しい取り扱いを定める必要があった。結局日銀は、合体後のすべての長期国債買い入れについて、銀行券ルールの「一時適用停止」を宣言した。 だが、日銀内部ではその帰結を深刻に受け止める声があった。このままでは、国債の買い入れが野放図になりかねず、世の中から財政ファイナンスとみられかねない。そこで、日銀は2013年4月に異次元緩和を決定した公表文の中で、銀行券ルールを一時適用停止する理由として、政府が日銀との共同声明の中で「持続可能な財政構造を確立するための取り組みを着実に推進する」と表明したことをわざわざ強調している。政府が財政再建に真剣に取り組み、国債発行を減らす意志を表明しているので、長期国債を買い入れても財政ファイナンスとみなされるリスクは小さいという筋立てだった。 しかし、持続可能な財政構造の確立は遅々として進まず、一時適用停止とした前提は成り立たなかった。物価目標を2年で達成できなかったこととあわせて、日銀にとっては大きな誤算だっただろう。 それでも、日銀は財政運営に抗議することなく、長期国債の買い入れを続けた。銀行券ルールの一時適用停止は10年を超えてなお続き、今もなお停止中である。2024年3月末の発行銀行券の残高は約121兆円、保有長期国債の残高は約586兆円、銀行券ルールからの逸脱は差し引き約465兆円にものぼる。ちなみに、異次元緩和開始直前の2013年3月末の同逸脱額は、約8兆円だった。その後の国債買い入れ額がいかに桁違いの大きさであったかが分かる。