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沖縄戦遺品 夕張の家族へ 「兵士の眼鏡」記者が発掘 松倉さん「間違いない」…涙

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北海道新聞

 太平洋戦争末期の沖縄戦で命を落とした兵士の遺骨や遺品を、遺族に返還する活動を行っている市民団体「みらいを紡ぐボランティア」(青森県)が今夏、道内での遺族捜しに取り組んでいる。大学時代に団体の活動に加わり、沖縄・糸満市の洞窟で今年2月、兵士の物とみられる眼鏡を発掘した記者(23)が夕張市の遺族の元を訪れ、直接手渡した。  「間違いない! お父さんの眼鏡だ」。7月26日、夕張市内の住宅で、沖縄で戦死した松倉秀郎さんの長男紀昭さん(83)と長女恭子さん(77)が涙を浮かべた。記者が手渡した黒ぶちの眼鏡は、丸いフレームの一部が欠けているが、秀郎さんの遺影に写る眼鏡と似ている。秀郎さんの眼鏡と断定できる証拠はほかには見つからなかったが、本物であれば、戦後75年で返ってきた父の遺品となる。  団体は4年前、沖縄守備隊の歩兵部隊で大隊長を務めた伊東孝一さんから、終戦後に部下の遺族とやりとりした手紙356通を託された。このうち約8割の282通が道内からのもの。団体は以来、部隊が活動した糸満市で兵士の遺骨を収集したり、遺留品や手紙を返還するため、道内を含む遺族の足跡を追っている。

 記者は東京の大学1年だった2016年、団体に加わり、手紙の返還作業などに関わってきた。今年2月には糸満市で行った遺骨収集にも参加した。  カッ、カッ、カッ、カッ―。湿っぽい土の臭いに包まれた真っ暗な洞窟で、熊手を使って地面を何度もかく。ヘッドライトが照らす先に、人骨や軍服の一部が現れる。噴き出す汗とともにこぼれる涙を拭いながら、丁寧に拾った。  数日かけて地面を掘り進めると、見覚えのある丸いフレームの眼鏡が見つかった。3年前、伊東さんの部隊にいた松倉秀郎さんの遺族に、手紙を返還した時に見た遺影が脳裏に浮かんだ。「松倉さんの眼鏡かも」。眼鏡を持ち帰り、今年7月に道内入りした団体のメンバーとともに夕張の遺族宅に向かった。  眼鏡を受け取った2人は秀郎さんの遺影と見比べ、「とても似ている」と顔を見合わせた。紀昭さんが眼鏡をかけると、恭子さんは「お父さんにそっくり」。紀昭さんは「父の形見と思って大切にする」と喜んだ。  団体は7月下旬、遺族からの手紙を返還するため、室蘭市内を中心に捜したが、手がかりは得られなかった。終戦時の地名や番地は変わり、遺族が住んでいたとみられる製鉄会社の社宅もなくなっていた。団体に手紙を託した伊東さんは今年2月、99歳で死去した。  戦争体験者とその遺族の高齢化が進む中、今年4月に新聞記者となった。遺骨収集や遺族捜しに今後も携わりつつ、記事を通じて戦禍の歴史を伝えていきたい。(高木乃梨子)

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