高齢者14人が犠牲 老人ホームで何が起こった? 熊本豪雨、関係者の証言
2020年7月の熊本豪雨による河川の氾濫は球磨村の特別養護老人ホーム「千寿園」を襲い、80~99歳の入所者14人の命を奪った。7月3日から4日にかけ、園内で何が起きたのか。「2020熊本豪雨 川と共に」第3部「犠牲-千寿園の“悲劇”」は、当時園内にいた職員や地域住民の証言でたどり、教訓を探る。(隅川俊彦、小山智史、中島忠道、嶋田昇平、小多崇) ※2020年10月、熊日朝刊に掲載した連載「熊本豪雨 川と共に」第3部「犠牲 千寿園の〝悲劇〟」全7回の記事をまとめました。記事中の情報は掲載時点、文中敬称略 車いす抱え懸命に2階へ ガラス割れ濁流が… 「ドーンッ」。7月4日午前7時、冷たい濁流が1階のドアを押し開け、渡り廊下のガラスを破って一気に建物内に流れ込んだ。球磨村渡で、社会福祉法人「慈愛会」が運営する村唯一の特別養護老人ホーム「千寿園」。80代、90代のお年寄りたちが穏やかに暮らしていたついのすみかで生死を分ける“悲劇”が始まった。
この5時間前、激しい雨が施設の屋根をたたきつけていた。「寝たきりの人も多い。車いすに乗せて、すぐ避難できるようにしましょう」。夜勤の職員が園内の宿直室を訪ね、宿直のアルバイトをしていた元消防士の男性(61)に告げた。 男性によると、3日夜から降り続く雨は弱まる気配がなく、園内は断続的に停電。照明が点滅を繰り返す中、それぞれの居室で寝ていた入所者らを起こして車いすに乗せ、南側の別棟の1階フロアに移動させた。北西側には裏山があり、土砂崩れを警戒したからだ。 園内には入所者ら65人と男性のほか、夜勤の職員4人がいた。裏山の手前に「慈愛会」の小川美智子理事長の自宅を改修した小規模多機能型居宅介護事業所があり、土砂災害を警戒して3日夕には、施設利用者5人と小川理事長も園に身を寄せていた。 午前4時ごろ、元消防士の男性は周辺を巡回。園東側の球磨川支流の「小川」が増水し、堤防を越えるまであと2メートルほどに迫っていた。巡回中、後藤竜一副施設長から電話が入っていたため折り返すと、この時は「『様子を見ましょう』という返事だった」。