マツダのデザインは「日本の美意識」 ものづくり復権へ導くアート思考とは
『アート思考のものづくり』
IT企業が存在感を増すなか、ものづくりを担う製造業の未来は悲観的に見られがちだ。しかし、製造業は現在も多くの雇用を担い、日本経済を支える屋台骨である。その日本のものづくりに、改めて誇りと希望を感じさせるのが、本書『アート思考のものづくり』だ。 著者は、「デザイン」は顧客のため、「アート」は自己表現のために行うものと定義する。本書で提言される「アート思考」のものづくりは、顧客迎合型ではなく、自ら掲げた理想を追求し、哲学や思いを表現する。その際、自身のアイデンティティーと匠の技巧によって、顧客の想定を超えた感動をもたらす価値を提供する、というものだ。日本企業のものづくりが、再び世界をけん引するための経営哲学という。著者は、大阪大学経済学研究科教授の延岡健太郎氏。
商品力でアジアに勝てない
日本の製造業は、品質が高く多機能な商品が人気で、1980年代まで世界の尊敬の的だった。しかし、デジタル化・モジュール化が進むと、家電などは標準化し、開発や製造は簡単になり、日本企業はアジア諸国の企業に対して価格も含めた商品力で勝てなくなった。 一方、例えばiPhoneは、標準化に負けなかった。カタログスペックのような「機能的価値」ではなく、デザインや使いやすさなど「意味的価値」を提供して成功した。ユーザーの情緒に触れる美しさなど意味的価値の創出には、繊細な仕上げでものに魂を吹き込むような、日本人が得意とするものづくり技術が必要だと、著者はいう。アップルは、理想のデザイン実現のため、日本製の小型切削加工機を大量に購入し、製造委託先に貸し出しているそうだ。 こうしたことを踏まえ、著者は、アート思考の理論的な枠組みとして「SEDA(シーダ)モデル」を提案。機能的価値をもたらすサイエンス(S)とエンジニアリング(E)、意味的価値をもたらすデザイン(D)とアート(A)の4つの要素を統合し、その「統合的価値」の最大化を目指すべきだとする。