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米津玄師の新アルバム、記録更新 「花」に込めた意味

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NIKKEI STYLE

米津玄師が約2年9カ月ぶりとなる5thアルバム『STRAY SHEEP』を8月5日にリリース。発売2週間でミリオンセールスを記録し、オリコンアルバムランキングで4週連続1位を打ち立てるなど数々の記録を更新し続けている。日本人アーティストで初めてミュージックビデオの再生数が5億回を突破した『Lemon』をはじめ、『Flamingo』『馬と鹿』『海の幽霊』などのヒットシングルが満載だ。 なかでも注目度が高いのは『PLACEBO+野田洋次郎』だろう。米津がリスペクトする野田(RADWIMPS)を迎えた本楽曲は、1980年代をほうふつとさせるシンセサイザーの音色が印象的な、キラキラとしたポップなダンスチューン。こうしたレトロでポップなサウンド感は世界的なトレンドで、米ビルボードチャートで1位を記録したザ・ウィークエンドなども取り入れている。言葉を厳選し、示唆に富んだ歌詞をつづることも多い米津が、恋に落ちる瞬間をときめきいっぱいに描くのも新鮮で、コラボならではの遊び心が感じられる。 この他の新曲も多彩でめくるめく万華鏡のようだ。『優しい人』ではあなたのように優しくなりたいと乞い願う。文字通りに「あなた」への憧れを歌っていると解釈もできるが、優しい人の実態は、浅はかで非情であると逆説的に捉えることもできなくもない。後者の意味に聴こえた途端、どこまでも優しかった歌が背筋が凍りそうなほどの冷淡さに変わるのだから、何とも奥が深い。 本作の主題ともいえる『迷える羊』は、人生を舞台に見たて、そこでぶっつけ本番を演じる者たちの生きづらさや、戸惑いをつづった重厚な作品。ラストで「君の持つ寂しさが/遥(はる)かな時を超え/誰かを救う」と語りかける言葉に“STAY HOME”期に、孤独を抱えながら過ごした若者たちの姿が重なった。社会の片隅で取り残されがちな“君”を想(おも)う視線は、「1匹の仔羊も置いてきぼりにはしない」という聖書の一節に通じているようでハッとさせられる。 このように歌詞を深読みしたくなるところも米津作品の魅力。『パプリカ』の花言葉の1つが「君を忘れない」であることから、鎮魂歌ではないかと一時ネットがざわついたことがあった。この曲をはじめ、収録曲に10回以上「花」という単語が登場する。美しさの象徴であるのはもちろん、清廉さや正しさ、ときとして真の強さを「花」に見ているのだろう。 アルバムの最後を飾る『カナリヤ』にも「花」が記されている。カナリヤは始終鳴くことから、古くから炭鉱の入り口などにつるされ危険を察知する役目を負ってきた。と同時に、歌手になぞらえることも多い。時代の空気を敏感に感じながら、大切なあなたへ寄り添う歌を贈り続けるという契りの歌……と取るのは考えすぎだろうか。 羊のマスクをかぶる人物の精緻なタッチのアートワークも自らが描いたもの。4種の商品形態にアートブックを忍ばせるのも、マルチな才能を持つ米津ならでは。時勢の風を巧みにキャッチしながら、受け取る側への愛情へと昇華した本作。先行き不透明な2020年代のはじまりに、希望の灯となりバイブル的存在になりうる作品だろう。 (日経エンタテインメント!9月号の記事を再構成 文/橘川有子) [日経MJ2020年9月18日付]

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