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夏の甲子園中止で改めて浮き彫りに 高野連の虚飾と責任逃れと嘘

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日刊ゲンダイDIGITAL

「高野連や朝日新聞の『教育の一環』という言葉は虚言にしか聞こえない。甲子園はどうみても反教育の舞台ですから」  スポーツジャーナリストの谷口源太郎氏がこう言った。  20日、夏の甲子園を主催する高野連と朝日新聞は、甲子園大会と47都道府県の地方大会の中止を発表した。その際、高野連の八田英二会長は「高校野球は教育の一環を旨としている限り、心身の健全な発育、安全確保が最優先課題」と中止へ理解を求めた。21日、中止を報じた朝日新聞もスポーツ欄で「教育の一環 大会の原点」の大見出しを掲げた。  コロナ禍が終息する見通しが立たない中、中止の決定はもっともなこととはいえ、その理由として大義名分のように「教育」という言葉を持ち出すことに違和感を感じたムキは少なくないのではないか。 ■「甲子園至上主義」の実態  前出の谷口氏はこう指摘する。 「高校野球はとっくに高校教育や部活動の域を超えています。特に私学は甲子園を目指すために全国から特待生をかき集めてセミプロ集団をつくり、学校経営の戦略として利用している。主催する高野連は18億円もの純資産を有し、朝日も新聞拡販のために大会をどんどん大きくしてきた。こうした反教育の実態を、汗と涙の感動物語を仕立てて覆い隠してきたのが甲子園そのものなのです」  谷口氏は甲子園の中止によって多くの高校球児がショックを受ける姿に、改めて「甲子園至上主義」の実態を見たと言う。 「高校野球はあくまで、社会人として成長する過程で社会性などを身に付けるためのものであるべき。しかし、甲子園がなくなったことで、高校生が絶望を抱いていること自体、反教育ではないか。甲子園がなくなったら、すべてが無意味ではない。にもかかわらず、八田会長は『皆さんが甲子園を目指した球児という栄冠は永遠に輝いています』とも発言した。甲子園に出ることを栄冠なんて言うこと自体、甲子園至上主義そのもの。甲子園に出る人は特別ということを選手に植え付け、大会の権威そのものに結び付けようとしているから、そんな言葉が出る。中止になった以上、甲子園に出ることだけが、すべてではないということを教えることが教育ではないか。高野連や朝日が教育のことを本気で考えていないからでしょう」 ■自主判断の矛盾と責任逃れ  高野連と朝日新聞の欺瞞は、各都道府県が検討する独自の大会に対する考え方からも透けて見える。コロナ禍のリスクを考慮し、甲子園大会と地方大会を中止にする一方で、各都道府県が独自に検討する大会について八田会長は「各高野連の独自の判断、自主性にお任せする」とし、「情報提供など求められれば応じるし、限界はあるが、財政的な支援もさせていただく」と説明した。  全国には地方大会に代わる代替試合を検討している都道府県がある。だが、そもそも地方大会の開催費用は、日本高野連ではなく各都道府県の高野連が負担しているという。つまり入場料を取れない無観客試合を前提とすると、財政面に余裕のある一部地域を除いて地方大会自体の運営が困難なのだ。地方大会を行えないことが甲子園大会を中止にした理由のひとつともいわれるが、地方大会も含めて中止にしておいて「あとは勝手にどうぞ」「できる限りの援助はします」と各都道府県に丸投げでは責任逃れとしか思えない。  可能な援助はする代わりに、何かあったときの責任は取ってください。わたしたちは中止と判断したのですからと言っているようなものだ。 「そもそも、地方大会を中止にした理由があるにもかかわらず、代替大会はどうぞ、というのは矛盾している。八田会長は地方大会の中止の理由として、『(コロナ感染の)第2波、第3波は確実にくるだろう。終息の見込みが立たない』と言っていた。高野連は地方大会を中止した以上、本来は止めるべきでしょう」とはスポーツライターの安倍昌彦氏だ。

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