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金平茂紀──コロナの時代の愛【GQ JAPAN連載特集:希望へ、伝言】

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GQ JAPAN

TVジャーナリストの金平茂紀さんは、いま起きている危機は、本当に大切なものは何かを私たちに考えさせてくれる、といいます。 【そのほかのメッセージを読む】錦戸亮、美輪明宏、YOSHIKIらが緊急参加!

コロナの時代の愛

タイトルからしてベタでしょ? そう、ガルシア・マルケスの小説のタイトルからの模倣。でも今の気持ちはこれに尽きる。何が最も欠くべからざる大切なものなのか。──「愛の記憶」。「愛」というのは、恋愛とか性愛とか友愛、慈愛、敬愛とか全部をひっくるめた意味の他に、何気ない日常での「距離」を意識しなかった相互の関係のことだ。近さ。意識することもなく、お互いを思いやっていた近さという事実。 さて、雑誌『GQ』から「私たちは、どう生きるか」という質問が突然やって来た。新型コロナウイルスがパンデミックとして世界で猖獗(しょうけつ)をきわめている折であり、とうとう『GQ』が、吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」をやりだしたのか、と少し驚いたのと同時に、今、起きていることは、歴史の変わり目に属することがらだという直観力に大いに共感した。危機は正体をあぶり出す。ましてや百年に一度という尺度の危機だとすれば、危機のさなか、今起きていることどもは、本当に大切なものは何かを私たちに考えさせてくれる。それは、自分というちっぽけな個人にとってであったり、すぐそばにいる身近な人にとってであったり、肉親や家族・親族といったいくつかの偶然で共に生きてきた人びとにとってであったり、ずうっと距離があるけれども、帰属している集団にとってであったり、故郷であったり、ああ、最後の方に、国家とか世界とか人類とかいうのも入ってくるのかもしれない。本当に大切なもの。かけがえのないもの。それは──「愛の記憶」だ。何気ない日常でお互いを意識することもなく思いやっていた近さという事実。

テレビのいま

身近な話から。僕はワーカホリックな人間で、仕事というのを口実にして、いろいろな人と会ったり、押しかけて行ったり、しょっちゅう動きまわってきたような人間だ。その反動でたまに激しくひきこもったりもしたくなる。テレビ報道という、過渡的なあやうい職業に半世紀近く携わってきた。奇妙なことに、今度のコロナウイルス禍で、日本のテレビ報道は一時的に「活況」を呈しているようにみえる。NHKの定時ニュースや報道番組は軒並み異様に高い視聴率を記録し続けている。 民放の報道番組や情報ワイドショーも同様だ。コロナウイルス以外のネタなんかほとんど流れていない。僕自身も「報道」という錦の御旗を掲げて、コロナウイルス禍の現場にスタッフとともに今も取材で出かけたりしている。コロナウイルス禍の実態をテレビで報道すること。それには危険もともなう。けれども人びとに実態を知ってもらうという「公共的な価値」に奉仕するという大義名分がある(と僕はまだかろうじて思っている)。外出自粛とステイホームの号令のもとで、人びとはテレビに帰ってきているようにみえる。人びとは極度の恐怖と不安を抱いているのだから、テレビに飛びつく。けれども今度のことで、テレビ本来の機能=雑食性はどんどん失われてきている。テレビは本来好きなことを好き勝手にやってきた多様なメディアだった。それが今やコロナウイルスに打ち勝つための情報戦の最前線と化しつつある。一色に染まったテレビなんかテレビではないと僕は思っている。自由がないからだ。その意味で、テレビは死につつある。放送事業の産業としての基盤も揺らぐだろう。これは明らかだ。広告費収入で成り立っている民間放送は、広告費の激減で今後、いっそう苦境に陥るだろう。でもそんなことも本当はどうでもいいことなのかもしれない。苦境時、テレビは一体何をやらかすのだろうか。僕は不安に陥る。だがこの動きはおそらく不可逆的なものだ。

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