《松永浩美の巻》僕が専属打撃投手をしていた頃にブチギレさせてしまった「初球ボール」【ホークス一筋37年 元名物広報が見た「鷹の真実」】
【ホークス一筋37年 元名物広報が見た「鷹の真実」】#40 松永浩美 ◇ ◇ ◇ 【写真】《佐々木誠の巻》細かい気遣いと面倒見の良さが随一の兄貴分…首位打者争いでは逆に僕が気負って円形脱毛症になった あれは忘れもしない北九州市民球場でのことです。当時、僕は松永浩美さん(64)の専属打撃投手を務めており、試合前のフリー打撃に登板しました。 フリー打撃で大事なのは、選手が本腰を入れて打ち出す1球目。「その1球がその日のストライクゾーンの基準になるから、絶対にストライクを投げろ」と、松永さんは日ごろから口を酸っぱくしていました。 打撃投手のボールは球威がないので高めに浮きやすい。僕も初球にストライクを投げるのに四苦八苦。松永さんに「いっちゃん、またボールか」と苦言を呈されたことが何度もあります。 北九州でのその日もボールから入ってしまい、松永さんは途中でバッティングを中止。さらに打撃ケージの中で手袋を脱いでヘルメットの中に入れると、そのヘルメットをベースの上に置き、バットも置いてベンチに下がって行きました。 僕は即座にヘルメットとバットを掴んで、松永さんの元にダッシュ。「すいませんでした!」と頭を下げる僕に、松永さんはこう言いました。 「おまえらも生活かかってるんだろうけど、俺らも生活かかってるんだ。しっかり頼むわ! いいか!」 非情とも言える厳しさですが、打撃投手としての仕事、心構えを教えてくれたのも事実です。 打撃については常に真剣そのもの。オープン戦中の特打で2日連続、1時間半投げた時は、肘がぶっ壊れるかと思ったくらいです。3日目に松永さんが熱を出して練習を休んだ時は、「ラッキー! 俺の肘もつわ」と喜んでいたら、石毛宏典さんや小川史さん、森脇浩司さんがやってきて、「松永、熱出したんだって? じゃあ、俺らに投げてよ」と、また1時間半(笑)。さすがにギブアップしました。 それでも打撃コーチだった高橋慶彦さんに「絶対に開幕戦に連れていくから、用意だけはしていてくれ」と励まされ、開幕戦に合流。3連戦が終わった翌日の練習日、リハビリのために「5分だけでも投げさせてくれませんか?」とお願いすると、球団は「やめておいた方が……まあ、絶対に5分以上投げるなよ」と渋々ながらOKを出してくれました。 ところが、投げ始めて2、3分後、どこで見ていたのか松永さんがヘルメットとバットを持ってきて、ひゅーっと打席に入った。そこから30分以上です(笑)。球団には「な? こうなるのが予想できたから止めたんだよ。もう明日から休めんぞ」と呆れられましたが、松永さんに「ありがとう、いい練習できたわ」と言われたことが救いです。 (田尻一郎/元ソフトバンクホークス広報)