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彼の紡ぐ調べはなぜ人の心をとらえるのか 映画音楽の巨匠モリコーネの死を悼む

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 イタリアの巨匠に呼応するように伊福部さんは、映画やドラマの深い作品理解が曲作りにとって極めて重要と説いた。「映像にただ音楽を足すような〝説明音楽〟は多い。映画をどういう風に見てほしいか、その立場を指定するのが音楽。だから、曲書きの脚本に対する読みの深さが問われます」。これを聞けば、「わが意を得たり」とモリコーネさんもうなずいたことだろう。両巨匠の対談をいつか実現したい、との思いが募ったものだ。  ▽監督と作曲家  ローマでの話しは、映画音楽の〝制約〟にも及んだ。「映画音楽を書くのは、本当はとても難しい。音楽が強すぎると、映画の価値が下がってしまう。だから私は、聴きやすい音楽を書く。音楽だけを売るためでなく、映画のために書く」。映画音楽の職人然とした淡々とした口ぶりで「映画の奴隷だから」とも付け加えた。  それでも、現代音楽の作曲家としても活躍していたモリコーネさんは、奴隷根性とは無縁の誇り高い音楽家だ。「映画音楽には監督の気持ちも出るし、もちろん作曲家としての私の気持ちも出る。監督の気持ちと、私が欲する気持ちの両方がそろっていないとだめ。バランスが重要だ」

 近代ドイツの哲学者ヘーゲルが唱えた「主人と奴隷の弁証法」というのがある。主人は奴隷がいないと生活できず、いつの間にか依存関係が逆転する。でも、奴隷もまた、主人がいないと生活が難しい。これを地で行ったのがモリコーネ音楽だったようだ。監督と作曲家という二つの個性が対話(弁証)し、高め合うことができたからこそ、例えば名作映画「ミッション」と名曲の誉れ高い「ガブリエルのオーボエ」が同時に生み出された。映画の題名を聞くだけで主題曲を思い出し、主題曲を耳にすれば映画を見たくなる。もはや、主人も奴隷もない。  伊福部さんもこう言った。「一人の作曲家に任せると観客の心に残る音楽が生まれる。それは、音楽が個々の場面だけでなく、映画全体にぴたっと合っているからです。そういう映画を見終わった後、主題曲を口ずさんだりしますよね」。「ニュー・シネマ・パラダイス」の詩情あふれる主題曲も、伊福部さんが手掛けた「怪獣大戦争」の軽快なマーチも、これまで口笛やハミングで何億回、何兆回実演されてきたことか。映画音楽の神様のような巨匠たちがいて、みんなに愛される名曲が映画とともに次々と生まれる黄金時代は、遠く過去になりつつある。

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